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『思い出のマーニー』の原作


 今年最初に読んだ本は、ジョーン・G・ロビンソン(松野正子訳)『思い出のマーニー』(特装版、岩波書店)。

 何年か前に米林宏昌監督の映画版を公開時に映画館でみてひどく感動したのだが、この年始にDVDで見直してみたら、やっぱりとてもいい映画だった。丁寧に作られた映画で、主人公の一つ一つの言動が自然で腑に落ちる。ジブリ映画は7、8割くらいは観てきたが、この作品がなかでも一番いいと思う(『となりのトトロ』、『千と千尋の神隠し』、『風立ちぬ』などもとてもいいけれど)。個性的な主人公アンナに共感できるかがすべて、といった映画だが、私には隅々までよくわかる。

 それで原作の翻訳も読んでみた。原作は1967年に出版されたもの。これまたとてもいいお話。分量が多い分、映画よりも主人公やその周囲の人々がより丁寧に描かれている。アンナにとってマーニーとは何か、映画ではやや謎めいているが(それだけに魅力的でもあったが)、原作ではアンナの不安定な精神状態がもっと克明に描かれていて、マーニーの正体もほぼ明白なものとなっている。

 また、映画では、「しめっ地やしき」の新しい住人のことはあまり描かれていないが、原作では後半の多くを使って詳しく描かれている。やさしく配慮の行き届いた両親とその元気いっぱいの子どもたちの様子は、とても素敵で、ほとんど理想的。

 そんな家族と一緒に遊んで打ち解けあって、そのうえで、みんなで一緒に本当のマーニーのことを知る。マーニーの本名はマリアンで、アンナの元々の名はマリアンナで、育ての親によってその名の後半部分からアンナの名は取られた、ということもアンナは知る。そのようにして、自分がどこから来たのかを知って、アンナは回復していく。

 マーニーを失って、しばらくしてから泣いて、泣き終わったときのアンナの気持ちが次のように語られている。(私の読んだ「特装版」には河合隼雄の解説が付いていて、同じところを引用している)

「泣きながらも、新しい、気持ちのいいさびしさが、アンナにしのびよって来ていました。それは、なにかを楽しんで、そしてそれが終わった時に感じるさびしさで、なにかをなくして、もう二度とそれを見つけることができない時のさびしさとは、ちがいました。」

 映画版のように劇的ではないが、成長していく子どもの、味わい深い別れである。

 大人になって、マーニーとの別れを思い出す時、そのさびしさは、また違うものなのだろう。でも、アンナのこころのなかにはいつももっとも素敵なマーニーがいると想像できる。

 アンナのような子どもの将来は、世間的な意味ではそんなに輝かしいものにはならないのかもしれないが、それでも十分よい人生なのだとこの物語は思わさせてくれる。






by kohkawata | 2018-01-20 11:03 | 欧米の文学 | Comments(0)