2010年 03月 22日 ( 1 )

余華と霍建起など


 そろそろ新年度で、一年でもっとも忙しい時期になってきた。しかもこれから3ヶ月ほどかけて仕上げる予定の原稿もあるので、しばらくはブログを書く量は減るかもしれない・・・しかし、ブログを書くのは思っていた以上に楽しいので(言いたいことがいろいろあるらしい)、やはりそれなりに書くかもしれない。

 ここで書こうと思いながら、まだ書けていないのは、とりわけ中国の作家余華の『兄弟』(泉京鹿訳、上下巻、文藝春秋、2008年)のことと、映画監督霍建起(フォ・ジェンチイ)の、最近日本で公開された『台北飄雪』(2008年、邦題『台北に舞う雪』)のこと。

 前者は、ある兄弟の、文革から現代に至る、安易な叙情性などすべて吹き飛ばすような、苛烈な物語であり、それは現代中国人の戯画的な自画像としてふさわしいものなのだろうなと想像する。本土の中国の人々が歩んできた現代史を、教科書的にではなく感覚的に知りたいのであれば、同じ余華の『活きる』(飯塚容訳、角川書店、2002年)とあわせてこの小説を読むのが一番手っ取り早いかもしれない。

 後者は、対照的に、声を失った新人歌手の女の子が逃げ出した田舎の町で純朴な青年に出会って癒される、という日本の少女漫画のような抒情性たっぷりなもので、私には共感するのが難しいプロットではあるが、しかし隅々まで美しい映画であった。この監督は、日本でたいへん好評であった『那山、那人、那狗』(1999年、邦題『山の郵便配達』)以来、私の知るかぎりずっと、中国の奥地の山里、大都市重慶の下町、地方都市の住宅地といった、必ずしもさほど美しいと感じられてこなかった自然や街の風景を、甘いあるいは苦い人情話に織り込みながら、美しい情景に仕立てあげることに優れている。風景に抒情を溶け込ませることの好きな日本人には馴染みやすい演出の仕方だといっていいだろう。『情人結』(2005年、邦題『初恋の想い出』)のハイライト・シーンでは、息子の自立に怯える母親が窓越しに外をのぞきみると、ちょうど息子が恋人を自転車の荷台に乗せて過ぎ去っていくのがみえるのだが、その二人を取り囲んで祝福するように無数に咲き誇っている白いリラの花々が映し出される。散りゆくことを強く予感させる、この美しく悲しい情景は、霍建起の映画のなかでも私にはとくに印象的である。

 今回の『台北飄雪』の舞台となった平渓の風景はたしかに侯孝賢の『南國再見、南國』(1996年、邦題『憂鬱な楽園』)などによってすでに世に知られたものではあるが、霍建起はこの山間の町を箱庭的に美しくかわいらしいものに仕上げている。ちらと映し出される台北の夕暮れもすばらしい。監督自身満足のいく映画ではなかったというサインも読みとれたが、最後の青年の出立のモチーフは、甘い幻想から醒めた男が何を求めるのかなどといったことを考えさせる、味わい深いものであった。そういえば、『那山、那人、那狗』のテーマの一つは、息子がたくましく成長し自立していくことへの父親のアンビバレントな感情にあり、この監督はずっと同じようなことを表現しようとしてきたのかもしれない、と思う。
by kohkawata | 2010-03-22 01:05 | 現代中国の映画 | Trackback | Comments(0)