女神の前世譚

 最近、といってももう4ヶ月前だが、論文を発表した。

「観音信仰にみる近世的感受性:その中国における物語の分析」

 以前に、いわゆる妙善説話をたまたま読んで(たしか最初に読んだのは、澤田瑞穂『増補寶巻の研究』のなかの要約であったかな)、その物語にひどく惹かれたことから、今回の研究ははじまった。妙善説話は、妙善という名の少女が、自分を殺そうとした父を救うために、自分の手と眼を差し出し、観音になる、という話である。この物語は、宋代につくられ、明代には観音信仰の隆盛とともに広く語られ大いに発展した。

 同時に、媽祖信仰にも興味をもっていて、そこで当初は、ひっくるめて、近世中国における女神信仰についての精神史的な研究をしようかということで、いろいろ調べてみたのだった。

 宗教的な信仰について研究するのは初めてなので、とても勉強になったし、また、文献だけでは十分共感できないだろうと思って、ここ数年いろいろな寺を見て回ってみた。とくに台湾で媽祖や観音などの廟を見て回ったが、彼の地ではまだこれらの信仰は生きたものであるので、いろいろと感じさせらせるものがあった。その時のことは、このブログに以前に書いた。日本の仏教についても思いを新たにすることが多々あった。

 妙善説話の分析の中身は、論文に書いたので繰り返さないが、今日になって、ふと、はじめて気がついたことがある。それは、妙善の物語は、実は『この世界の片隅に』によく似ているではないか、ということだ。

 妙善は、父王による熾烈な暴力に繰り返し苛まれた末に、にもかかわらず父を救うために自らの手と眼を捧げる。そのような犠牲の物語とともに、母親的な女神となって人々の信仰を集めることになった。

 すずさんもまた、国家的な暴力によって親しい人を何人も失って、自らの右手も失う。それでも、孤児の母親となって戦後を生き抜こうとするのだが、その姿に多くの人が惹きつけられたわけだ。そして、その姿は、どこか女神的でもあるように感じられる。

 若い女神的な女の肉体的な自己犠牲によって救われること・・・それは、私たちのなかにある無意識的な記憶と関係のある、ある種の普遍的な願望なのだろうか、と思ったりもするが、どうなのだろうか。しかし、男の神様や教祖も、自己犠牲的のすえに聖性を帯びることがあるようだから、あるいは、信仰とは、亡くなった人(あるいはその肉体)への追慕とか罪責感なんかとも関係していることがあるのだろうか・・・などと考えたりしている。



# by kohkawata | 2018-07-08 16:40 | 近世中国の文化 | Trackback(5) | Comments(0)

阿弥陀如来の願いについて思うこと

 いくつかの機縁が重なって、ここ半年ほど、親鸞とその周辺の人たちの著作を断続的に読んで、いろいろ考えてきた。とくに、親鸞たちの教えの核心にある、生きとし生けるものをすべて救いたいという、阿弥陀の願いについて、それは一体なんなのだろうか、と考えてきた。

 そのなかで、ああなるほど、やっぱりそうか、と思った文章がある。

 『十二個条問答』という文章のなかで、悪人も救われるなら悪いことをしてもいいじゃないかという問いにたいして答えるという文脈で、法然は次のように言っている。

「つみをばただつくるべしといふ事は、すべて佛法にいはざるところなり。たとへば人のおやの、一切の子をかなしむに、其中によき子もあり、あしき子もあり、ともに慈悲をなすといへども、悪を行ずる子をば目をいからし、杖をささげていましむがごとし。佛の慈悲のあまねき事をききては、つみをつくれとおぼしめすといふおもひをなさば、佛の慈悲にももれぬべし。悪人までをもすて給はぬ本願としらんにつきては、いよいよ佛の知見をばはずべし。かなしむべし。父母の慈悲あればとて、父母のまへにて悪を行せんに、その父母よろこぶべしや。なげきながらすてず、あはれみながらにくむ也。佛も又もてかくのごとし。」『十二個条問答』(国立国会図書館デジタルコレクション『法然上人全集』352頁)

 ここでは法然は、自明ではないB(「佛の慈悲」)がどのようなものかを説明しようとして、それは自明なA(「父母の慈悲」)のようなものだ、と言っている。

 BはAのようなもの、とはあいまいな説明の仕方で、むしろいっそ、BとはAから想像的につくられた願望の産物だ、と考えるとすっきりすると私には思える。あるいはもう少し法然たちに好意的に考えれば、Bとは、人と人のあいだで様々に顕現するAなるものの、イデア的な理想形なのだ、ということになるのではないだろうか。

 真宗では、阿弥陀様のことを「親さま」ともよぶらしい。ここでも、BがAとのアナロジーで想像されていることが示されているように思われる。

 Aは、人が生まれ育つときに与えられるものだ。だが、法然や親鸞たちは、Bは人が死ぬときにもたらされる救済なのだ、と語った。それが、彼らの教えの核心であって、その教えは数百年間にわたって日本の各地で篤く信じられた。

 そのように考えると、浄土宗や浄土真宗を熱心に信仰してきた人たちの、健気な思いがわかるような気がする。


# by kohkawata | 2018-03-06 09:35 | 近世日本の文化 | Trackback(141) | Comments(0)

『思い出のマーニー』の原作


 今年最初に読んだ本は、ジョーン・G・ロビンソン(松野正子訳)『思い出のマーニー』(特装版、岩波書店)。

 何年か前に米林宏昌監督の映画版を公開時に映画館でみてひどく感動したのだが、この年始にDVDで見直してみたら、やっぱりとてもいい映画だった。丁寧に作られた映画で、主人公の一つ一つの言動が自然で腑に落ちる。ジブリ映画は7、8割くらいは観てきたが、この作品がなかでも一番いいと思う(『となりのトトロ』、『千と千尋の神隠し』、『風立ちぬ』などもとてもいいけれど)。個性的な主人公アンナに共感できるかがすべて、といった映画だが、私には隅々までよくわかる。

 それで原作の翻訳も読んでみた。原作は1967年に出版されたもの。これまたとてもいいお話。分量が多い分、映画よりも主人公やその周囲の人々がより丁寧に描かれている。アンナにとってマーニーとは何か、映画ではやや謎めいているが(それだけに魅力的でもあったが)、原作ではアンナの不安定な精神状態がもっと克明に描かれていて、マーニーの正体もほぼ明白なものとなっている。

 また、映画では、「しめっ地やしき」の新しい住人のことはあまり描かれていないが、原作では後半の多くを使って詳しく描かれている。やさしく配慮の行き届いた両親とその元気いっぱいの子どもたちの様子は、とても素敵で、ほとんど理想的。

 そんな家族と一緒に遊んで打ち解けあって、そのうえで、みんなで一緒に本当のマーニーのことを知る。マーニーの本名はマリアンで、アンナの元々の名はマリアンナで、育ての親によってその名の後半部分からアンナの名は取られた、ということもアンナは知る。そのようにして、自分がどこから来たのかを知って、アンナは回復していく。

 マーニーを失って、しばらくしてから泣いて、泣き終わったときのアンナの気持ちが次のように語られている。(私の読んだ「特装版」には河合隼雄の解説が付いていて、同じところを引用している)

「泣きながらも、新しい、気持ちのいいさびしさが、アンナにしのびよって来ていました。それは、なにかを楽しんで、そしてそれが終わった時に感じるさびしさで、なにかをなくして、もう二度とそれを見つけることができない時のさびしさとは、ちがいました。」

 映画版のように劇的ではないが、成長していく子どもの、味わい深い別れである。

 大人になって、マーニーとの別れを思い出す時、そのさびしさは、また違うものなのだろう。でも、アンナのこころのなかにはいつももっとも素敵なマーニーがいると想像できる。

 アンナのような子どもの将来は、世間的な意味ではそんなに輝かしいものにはならないのかもしれないが、それでも十分よい人生なのだとこの物語は思わさせてくれる。






# by kohkawata | 2018-01-20 11:03 | 欧米の文学 | Trackback | Comments(0)

『この世界の片隅に』の感想


 今日、8月25日、287日続いたという上映がとうとう最終日だというので、テアトル梅田で『この世界の片隅に』をもう一度見に行った。

 最初にみたときにはひどく動揺して言葉にもならなかったが、二度目は少し落ちついて観られた。感想を書いてみる。監督や評論家とかがどう言っているか、あえてみないようにしている。

 私にとって、もっとも感動的なのは、原爆投下後数ヶ月経った広島で、孤児(みなしご)となった女の子がすずさんの右腕に手を伸ばすところ、そして、すずさんと周作さんがこの女の子を受け入れて一緒に呉に帰るところである。

 孤児からみれば、これは端的な救済である。同時に、主人公のすずさんからみれば、これは自分が親になることを引き受ける瞬間である。

 すずさんは、すでに姪の母親代わりになろうとしていた。しかし、それは姪の命と自分の右手首を失うことによって悲劇的に挫折していた。

 そう考えると、この映画は全体として、すずさんが、戦争のとんでもない暴力に何度も打ちひしがれながらも、力強く大人になったことを描いているとみなすことができる。

 思えば、すずさんも元々は孤児のような人だった。両親の影はなぜか薄くて、すずさんはわけのわからぬうちに嫁に出される。嫁入り先ですずは新しい家族ができたというよりは、足の不自由な義母の代わりの住み込みの家政婦のようである。当惑した彼女は「自分はこんなところで何をやっちょるのだろう」みたいなことを言う。そして、親に売られたのであろう、水商売の女性に友情を抱く。

 元々孤児のような境遇だったうえに、兄は徴兵されて戦士し、初恋の人も死を覚悟の出兵をし、姪を眼の前で殺され、母を原爆で失ってしまう・・・そうした国家的な暴力に親しい人を何度も殺されながらも、すずさんは大人になろうとする。

 そんなことがどうして可能なのか、どうしてすずさんは力強く大人になれたのか、映画はそのことをそんなに丁寧には描いてはいない(映画が丁寧に描いているのはすずさんの日常で、だからこそ暴力による日常生活の破壊が痛ましい)。

 しかし、玉音放送を聞いたさいのすずさんの行動の描写は、そのことを示そうとしていると思える。すずさんは、敗戦を知って、他の人と違って、「最後の一人まで戦うんじゃなかったんかね!?」みたいなことを叫んで激しく怒る。そして、自分の身体が植民地から奪い取った食料によってできていることを嘆く。

 この、原作にないセリフも含んだシーンは、少し唐突でわかりにくい。すずさんは、終戦に激怒するほど軍国主義者ではなかったはずだし、あまり教育を受けていなくて植民地のことなんてさほど理解していなかったはずだ。にもかかわらず、このシーンがあるのは、いかにも前近代的で戦前的だった従順な彼女が戦争の苛烈な運命をすべて受け入れたうえで、それを乗り越える、戦後的な主体の象徴として成長する必要が、映画の展開のうえで必要であったからではないだろうか。大切な人を何人も失ったことも、右手首を失ったことも、得意だった絵を画くこができなくなったことも、さらには日本による大規模な侵略も、米国による大虐殺も、そのすべての運命に苛まれ受け入れざるをえなかった日本人の象徴的代表として彼女は終戦を迎えるのだ。そして、かく理不尽な運命に苛まれながらも、自らの意思と責任で生き抜こうとすることで、戦後日本人の女神的なイコンとして転生する、ということがこのシーンとそれに続く孤児の受け入れのテーマにおいて表現されているのだ、と私には思われる。

 もっとも、これは生身の人の描写としてありえないほど飛躍しているのかもしれない。これはドラマをまとめあげようとするために設けられた、少し無理のある言い訳めいたシーンというべきなのかもしれない。

 この飛躍的すぎるのかもしれない成長が、それでもわりと自然にみえる背景には、周作さんが最初から変わることなくずっとすずさんのことが大好きだということがあるだろう。それが確かにこの映画の救いで、二人が結婚してから次第に信頼と愛着を深めていくさまはほほえましい。しかし、にもかかわらずこの終戦のシーンにおいて周作さんが留守であるのは、この映画の主題が必ずしも夫婦愛にあるわけではなく、むしろやはり、すずさん自身の神話的ともいえる成長にあること示しているように思われる。

 かくなる成長とともに、孤児のようであったすずさんは、自分に母親の面影を感じて救いを求めた孤児を受け入れることを、静かに、しかし決然と受け入れる。

 すずさんの姿は子どもっぽくて、声も可愛らしくあどけない。そんな人が、何度もひどい暴力に苛まれながらも、それでも母親になろうとする、その健気さに、この映画の感動のわけがあると私には思える。すずさんの成長は神話的でもあるが、しかしおおげさな理想化がなされているわけではなく、十分に抑制的に描かれていて、人の好感を逃さない。

 最初にみたときは、動揺しすぎてエンディングなんか目に入らなかった。しかし、今回みたら、そこには、すずさんと引き取られた女の子、それから周作さんの姉の径子さんの姿が描かれていた。みな、可愛らしい戦後風の洋服をきていて、この映画の手抜きのないやさしさをうれしく感じた。


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# by kohkawata | 2017-08-25 19:44 | 現代日本の文化 | Trackback(54) | Comments(0)

懐古的な『さびしんぼう』を懐古する



 闘病中の大林宣彦監督の『さびしんぼう』をDVDで見直してみた。

 私がこの映画を最初に観たのは、高校の2年生が終わる頃の放課後に、高岡の御旅屋通りにあった映画館で、であったと思う(記憶違いかも)。1986年の春だったはず。 

 高校生が主人公のこの映画に、高校生であった私はいたく感動したのだが、思い出すと、それはセンチメンタルで美しい初恋のドラマとして感動したように思う。尾道のノスタルジックな光景、富田靖子演じる百合子さんの美しさ、「別れの曲」の甘いメロディー、そんなものがあいまって、映画館を出て、すっかり暗くなった高岡の街で呆然としていたのを思い出す。

 その後、だいぶたってから何度かビデオやDVDで見直したのだが、最初に観たよう時のような感動は必ずしも覚えなかった。音楽を使いすぎているし、効果音が安っぽいし、『さびしんぼう』というタイトルも「さびしんぼう」のキャラもちょっと恥ずかしい。全体にセンチメンタすぎると感じるようになった。

 もっとも、その前後、監督の他の作品もみて、どれもそれぞれによかった。『転校生』(1982年)と『時をかける少女』(1983年)は、映画好きであった私の兄のお気に入りだったこともあって、懐かしいし、『廃市』(1984年)もよかったし、『野ゆき山ゆき海辺ゆき』(1986年)も、タイトルを含めて部分的にはいいと思ったし、そして、山田太一原作で風間杜夫主演の『異人たちとの夏』(1988年)には、かなり強い感動というか悲しみを覚えた。

 しかしそれでも、『さびしんぼう』が大林監督の映画のなかでは最も思い出深い好きな映画であることに今でも変わりはない。そして、今回見直してみて、以前には感じることのなかった作品の中心テーマが、なぜか今ごろになってようやく見えてきたように思った。私は長いあいだ、この作品に感動しながらも、その内実を意識的にはよく理解していなかったようだ。

 尾道三部作の三作目としてよく知られた映画だが、一応書いておけば、こんなプロットだ。 

 尾道に住む主人公の高校生のヒロキ君は、同じ年頃の百合子さんに恋をする。近所の高校の教室でピアノを弾く彼女の姿を双眼鏡で覗いたり、自転車で通学途中の彼女とすれ違ったりしているうちに、彼女の美しい姿に魅了されてしまうのだ。

 言葉を交わしたことすらないのに、ヒロキ君はすっかり彼女に夢中で、他のすべてのことはどうでもいいという態度である。何でもいいあえる仲のよい友人たちのことも、子どものころからの知り合いの近所の母娘のことも、偉そうなのに小心で俗っぽい教師たちのことも、何を考えているかわからない坊主の父親のことも、ぼけかけた祖母のことも、何かと小言を言ってくる母親のことも、すべては当たり前の日常で、全部めんどくさいなあと思って、百合子さんのことばかり考えている。

 そんなとき、ピエロの格好をした「さびしんぼう」と名乗る女の子がどこからともなく現れて、ヒロキ君と母親に何かと騒がしくまとわりついてきて、この母子の日常をかき回すのである。

 映画は、このピエロによるドタバタを少しくどく描いていくのだが、そのなかでこの「さびしんぼう」が実は16才のときの母親であることを明らかにしていく。母親は16才のときにヒロキという名前の男の子に恋をして失恋してしまうのだが、後に別の男性と結婚して生んだ子に同じ名前を付けたのだ、という。この失恋をしたときの16才の母親が、どうしたわけか現在の世界に現れた、というわけだ。そして、「さびしんぼう」は、現在の母親=自分にたいして、息子にたいして叱責ばかりせずにもっと息子の気持ちを汲んで受け入れてやれ、といった意味の説教をしたりする。

 この「さびしんぼう」はなぜか雨に濡れると弱ってしまうらしく、散々母子の生活に土足で踏み込んで荒らしまわったあげくに、ある雨の日に、もうお別れをしなければいけないと泣きながらヒロキ君のもとを去っていく。ヒロキ君の方も、結局百合子さんに振られてお別れとなる・・・というお話である。 

 今回はじめてわかったのは、この映画が、ヒロキ君の初恋の話というだけではなく、むしろヒロキ君とその母親との別れのドラマなのだ、ということである。我ながら信じがたい鈍感さだが、高校生のときには少しも気づかなかった。

 高校生のヒロキ君とその母親は別れが近づいていることをお互いとくに気にしている様子もないが、「さびしんぼう」は、百合子さんに恋をして母親=自分のもとから息子=ヒロキ君が去っていくことをひどく悲しんでいて、悲しすぎて弱って死んでしまうかのようである。「さびしんぼう」が泣く姿をみて、のんきなヒロキ君もさすがに少し同情して悲しくなる。つまり、映画は、表面的にはいつもと変わらぬ日常の深層で進んでいく、母子の分離のドラマを描いているわけだ。

 この映画は、この母子の別れの悲しみを歌い上げているのだが、同時のこの母と子の互いの思いが、微妙に、しかしはっきりとすれちがっていることも示している。

 母親の息子への愛情には微妙に性愛的なものが含まれている。ヒロキという名前が母親の初恋の相手の名前からとられていることで、この母親の性愛的な思いが息子に注がれていることがわかるし、「さびしんぼう」は百合子さんに嫉妬している様子でもある。母親のこうした性愛的な思いは当然ながら満たされることはなく、かつてヒロキにふられたように、母親はもう一度ヒロキに捨てられるのである。

 一方、ヒロキ君は、日常的には母親の存在をうっとおしいと思っているし、そんな母親の性愛的でもある愛情を気にもとめない。けれども、そのヒロキ君もどこかでは母と別れていくことを悲しんでいるのであり、それが百合子さんへの思いに移し替えられているようにみえる。ヒロキ君にとって初恋は、初めて異性に性愛的に魅かれるということだけではなく、この母子の分離にたいする補償という意味をもっていることを、映画は、暗示しているというよりは、はっきりと意図的に描いている。百合子さんと「さびしんぼう」は富田靖子の二役で、だからヒロキ君は若き日の母親に似た姿に恋着している、というわけになる。母子がともにあったパラダイス的な日々が終わりつつあるからこそ、母親と似た異性の面影にすがりつこうとするわけだ。

 興味深いのは、「さびしんぼう」の方が怒ったり嫉妬したり泣いたりしてひどく人間的で全人格的なのに、百合子さんはいつも無表情でどんな人かわからないということだ。だから、ヒロキ君が好きなのは、母親や百合子さんの等身大の存在なのではなく、その姿の美しさや声や匂いといった、記憶のなかにある断片的で物質的なものだと考えられる。だから、ヒロキ君は母親との別れを心の奥では深く悲しんではいるのだが、実在する目の前の母親とは無関係に、母親の断片を弄びながら一人で悲しんでいるわけだ。子どもの母親への愛着とはたいがいはそんなものなのかもしれない。

 かくしてヒロキ君は母と別れるのだが、彼が失うのは、母や母に似た百合子さんだけではない。すでに高校生でもうすぐ大人にならなければならない彼は、数年のうちに子ども時代のすべてを急速に失っていくだろう。友だちとの気のおけない関係も、バカバカしくも楽しい学校生活も、家族を支えてくれていた父も、すべてを失っていくのであり、親げながらも儚くもある、どこか「廃市」を予感させる、尾道の風景を丁寧に写し込んでいるこの映画はそうした大きな喪失体験を描いているようにみえる。

 父親は何をしているのだろう、というのがこの母子のドラマにたいする素朴な疑問であろう。妻が初恋の相手の名前を息子につけることをスルーしたこの父親は、無口なうえにたまに口を開いてもトンチンカンなことしか言わず、何の役割も果たしていないようにみえる。そして、この映画は、ヒロキ君の父親だけでなく、すべての「父親的」なものを丁寧につまみだしている。祖母はいても祖父はおらず、校長先生は男だがヒロキ君たちに散々からかわれ、PTAの会長は間抜けなおばさんで、男の担任の先生は悪い人ではないがエロい俗物として笑われている。百合子さんにも母はいるが父はいない。尾道には「父」はおらず、尾道の外の世界はいっさい描かれない。

 『さびしんぼう』で表現された「父」を欠いた母性的な時空、それはいかにも戦後日本的な時空である。もっといえば、それは戦争からも貧困からもバブルからも衰退からも自由であった、「現実」がどこか遠い、ユートピアのような1980年代的な時空、我らが高校時代である(もっとも、映画では向島の百合子さんの家は貧乏で、貧乏なのに和服を着ていたりして、そこには80年代というよりはもう少し前の時代の、たぶん監督の少年時代の雰囲気がある)。

 その母性的な時空にあって、はっきりと自覚しなくても予感せずにはいられない母の喪失が大きければ大きいほど、人はきっとそれに直面などできないのだろう。ヒロキ君が百合子さんを強いて追いかけたりしないのは、結局彼にとって百合子さんが、失われいくすべてのもの(なかんずく母)の悲しい代理にすぎないからで、百合子さんは最初から消えていくべき形象なのだ。百合子さんを失って、それを悲しむことで、むしろ本当の悲しみから何とか逃れることができるような気がしているのかもしれない。

 意識できない別れの悲しみというテーマは、前作の『時をかける少女』でも主題的なものだ。主人公の和子は未来からきたという青年と別れるさいに記憶を消されるのだが、それでも覚えていないはずの初恋の思い出を抱きしめるかのように、独身であり続けるという結末になっている。『異人たちとの夏』では、このテーマが発展していて、亡霊として蘇った若き日の母と父と再会したうえで改めて永遠に別れる、というプロットになっている。それまではちゃんとお別れできていなかった、ということだろう。

 映画は最後に、実はヒロキ君が百合子さんと結婚したことを示すが、これは映画的な慰めといえよう。 映画のなかのヒロキ君は、百合子さんと結婚するばかりではなく、父親の跡を継いで住職に納まっているので、尾道の街とも別れずにすんでいるし、おそらくは老いた父母ともともに暮らし、高校時代の親友たちとも、盆正月には会えるだろう。だから、この映画を観終わった観客は、「なんだ、よかったじゃないか」とちょっと安堵することができる。しかも映画は、結婚した百合子さんがヒロキ君に「もう一つの顔」を見せている、と語る。つまり、失われていくべき形象とは別のより実在的な百合子さんが呈示されているとすることで、ヒロキ君も観客も現実に立ち返ることができるのである。

 しかしながら、実際の人生はそう簡単に幻想から目覚めて心地の良い「現実」に立ち返えられるわけではないだろう。尾道のような衰退していく地方都市には仕事も希望もないから、多くの若者は東京や関西といった大都市圏に移住してちりぢりになって帰ってくることはない。子ども時代の豊かな幸せと小さな不幸は、高校時代の終りととともに、ほとんどすべて失われて記憶のなかにしまわれていく運命にあるのだ。

 大きな喪失を抱えて、人はどうすればいいのだろうか。

 映画『さびしんぼう』は、そのノスタルジックな風景や甘い音楽、あるいは都合のよい結末とはうらはらに、青春の過酷で普遍的な喪失の運命を鮮やかに表現していると思う。



# by kohkawata | 2017-07-24 16:11 | 現代日本の文化 | Trackback(294) | Comments(0)