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初春の香港

 
 三月上旬、香港を訪れる機会があった。

 思えば初春の香港は初めてで、郊外の、様々な見慣れない鮮やかな色の花々と聞き慣れなれない鳥たちのさえずりが印象的だった。狭隘なダウンタウンは花に乏しいが、香港の花洋紫荊らしきものはあちらこちらに顔をのぞかせていた。香港は似た都市の存在しないあまりにも独特の大都市なのでつい忘れてしまうのだが、この街は東アジアとよばれる地域のほぼ南端にあって、亜熱帯の大自然のなかにある。

 日本では中国本土の発展ばかりが報道されるが、香港もまた順調にさらなる発展を続けていることが、今回の訪問で実感できた。九龍の、これ以上は想像できないというほどのにぎわいが半島の南端から北へとどこまでも続く様子は、そろそろ高齢化して衰退してもおかしくないように思っていたが、以前と少しも変わらないようであったし、香港島の摩天楼はますます高くなっていた。

 粤劇(えつげき)を観るために、中国との国境に近い上水という郊外の街を訪れたのだが、高層マンションばかりが立ち並ぶ無機的な街だろうという予期に反して、街の中心部は、飲食店を始めとする雑多な小売店鋪がひしめく、たいへん賑やかなところで、「小旺角」といった雰囲気であった。人民元を両替する店舗が目立ち、おそらく本土との行き来が相当に盛んなのだろう。九龍と上水、そして本土との境、羅湖を結ぶ長大な電車は数分おきに往来していた。公会堂のような公共のホールで行われた、とくに有名ではなさそうな若手たちによる粤劇公演は中高年の女性を中心にけっこうにぎわっていた。

 統計をみても、リーマンショックの影響は軽微で経済は発展を続け、人口も着実に増えており、地価は、投機的な動きが強いらしく、異常なほどさらに高くなっている。日本ではどこの地域も「にぎわい」を渇望しながらたいていの場所はさびれていっているが、香港では、上水のような目立たない郊外ですらも着実に発展し、にぎわいに満ちている。

 もちろん、香港が、不況に苦しみSARSに襲われた十年ほど前の「最も暗い日々」を乗り越えて、その後順調に発展を続けていることは知識としては知っていた。しかし少し心配していたのは、その発展が本土の発展にひっぱられる形で進行していて、いわば「香港らしさ」が失われているかもしれない、ということだった。香港ではますます普通話をしゃべる人が増えている、とも聞いていた。

 だが、むろん旅人の浅薄な印象だが、香港は相変わらずとても「香港」だったと感じた。確かに普通話を聞くこともあったが、相変わらず広東語のプレゼンスが圧倒的で、そこかしこで大声で語られる広東語をきいていると、香港にいるんだと実感させられた。最もメジャーな新聞「蘋果日報」も相変わらず100ページを優に超える圧倒的な情報量で、とりわけ三面記事がてんこもりであったが、民主派の動向も一面できっちり伝えていて、好意的であった。下町にはまだまだ「茶餐廳」が残っており、そのコーヒーは相変わらず、白い厚手のカップに最初からミルク入りでだされ、後に残る酸味が微妙に気持ち悪く、懐かしものであった。

 また、以前から香港のなかでは銅鑼湾が私のお気に入りなのだが、ここも相変わらずの楽しさで、夜遅くまでお祭りのような賑やかな雑踏が続き、中国語の「熱鬧」という言葉がぴったりであった。

 銅鑼湾で今回発見したのは、このブログで一年前に紹介した台湾の誠品書店が最初の海外支店としてこの銅鑼湾に進出していたことだった。日系デパートのSOGOの向かいに、希慎広場(Hysan Palace) というショッピングモールが新たに生まれ、そのなかに誠品書店は入っていた。台北の信義旗艦店によく似た、シックでいながら開放的な雰囲気で、またしても私は、あれこれ情報を仕入れながら、すっかりこの書店を楽しんでしまった。欧米や日本の本が、文学からビジネスにいたる様々なジャンルにわたって、ますます盛んに翻訳されているのにも関心させられた。

 この希慎広場には、気のきいたおいしい飲食店や様々なテイストの服飾の店もたくさん入っていて、向かいのSOGOがいつのまにかレトロな雰囲気をかもしだしているのをみるにつけても、日系企業と中華圏の勢いの違いは歴然としていた。そもそもこの希慎広場は2006年に撤退した三越の跡地に建ったようだ。銅鑼湾には本土の禁書を集めた小さな書店「人民公社」もがんばっていて、近所には香港中央図書館も十数年前に開館している。銅鑼湾はショッピングの街というだけではなく、瞬く間に香港のインテリたちの御用達の街に進化したようだ。

 もう一つの発見は、香港の人たちはスマートフォンが大好き、ということ。地下鉄に乗ると、誰も彼もがスマホを取り出していたのだが、彼らの多くは、日本人のようにメールを打つのではなく、あれやこれやの動画やゲームを楽しんでいるようだった。香港の人たちの娯楽は、粤劇から映画、映画からテレビ、そしてスマホへと足早に移り変わっているようだが、おしゃべり好きであるのに変わりはなく、彼らにはメールはまどろっこしいのではないかと想像する。ちなみに、車内で電話でおしゃべりすることや音をだしてゲームをすることは必ずしもマナーに反するわけではないらしく、地下鉄の車内はいつもいたって賑やかであった。

 去年、大学の、一般の方向けの講座で「変貌を続ける都市、香港」というタイトルで話をする機会があった。たしかに香港は変貌を続けているのだが、その変貌を続ける姿そのものもいかにも香港的だと、改めて感じさせられる滞在であった。すばやく変わっていくにもかかわらず何が香港をいつも香港的にしているのか、今でも私にはよくわからない。例えば、あの九龍のとてつもないにぎわいは、どういう経済的・地理的・文化的な条件がそろってのことなのか、はっきりしたことはわからない。わからないのだが、今も昔も香港は、狭い道徳観や学問的な理論ではおさまりのつかない、過剰な何かが満ちた都市なのであって、それが訪れる者の心身をゆさぶるだろう、と今さらのように感じられた。

 写真は、香港映画のスターや監督たちの名前や手形が路上に彫ってある、星光大道(avenue of stars)から撮ったもの。初めて訪れたが、ここに、張艾嘉の手形がちゃんとあったのは小さな発見だった。台湾生まれの彼女は香港の映画人として認められているんだな、と。もちろん、張國榮の名前も記されていた。そういえば、彼が亡くなって、明日でちょうど10年だ。


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by kohkawata | 2013-03-31 20:28 | 香港の映画 | Comments(1)