<   2011年 10月 ( 2 )   > この月の画像一覧

『愛の映画』


 私の本『愛の映画 ― 香港からの贈りもの』が無事、出版された。

 この本の帯には次のような紹介の文章がある(編集者の方と相談して書いた文章です)。


表側:身体の深みに根ざす愛の記憶
   男女の性愛、父母との葛藤、男たちの情熱、女同士の友情、新しい生命へ
   の希望、亡くしたものへの追悼
   ・・・・香港映画の幻影のなかに、さまざまな愛がゆらめく

裏側:90年代からゼロ年代にかけて、返還前後の香港で撮られた魅惑的な映画群の中から、陳果(フルーツ・チャン)、張艾嘉(シルヴィア・チャン)、許鞍華(アン・ホイ)、關錦鵬(スタンリー・クワン)、張婉婷(メイベル・チャン)の5人の監督とその作品を取り上げ、愛をめぐる彼らの創造的挑戦を、香港の社会的状況等と重ねながら跡づけ分析する。


 この本のもとになる研究を構想しはじめたのは、もう10年ほど前になる。以来曲折を経ながらも、10年近くを費やした研究が一冊にまとまって、個人的にはいろいろな感慨が去来するが、ともかくも、この本に関しては、探求すべきことは探求し、書くべきことはほぼ書ききった、と思っている。そして、もしかすると一見難しそうに思われるかもしれないこの本には、その恥ずかしげもないタイトルが暗示するように、かなり強くシンプルなメッセージを込めたつもりである。

 とはいえ、長い時間をかけて懸命に調べて考えて書いたものの、何より伝えたい肝心のことはなかなか伝わらないものだ、というのは5年前に出版した前著『隠された国家』でも感じた(私も人の本をそんなにも読めていないのだろうか。もちろんいろいろな読み方があってよいのだが)。

 しかし、一方では、わずかな読者であってもそれなりに何かが伝わればそれで十分書いた甲斐があるとも思うし、きっと誰かにはちゃんと伝わるだろうと楽天的に想像してもいる。『隠された国家』のときも、たくさんの人というわけではなかったが、何人かの人にちゃんと読んでもらえたという印象を得て、とてもほっとしたものだった。それに、今回の『愛の映画』は、博論を書き直した前著よりは読みやすいだろうし、たっぷりと手間と愛情を注ぎ込んだ研究であり本である。

 出版元は、大隅書店というできたばかりの新しい書店。書店主の大隅直人さんをはじめ、本作りのプロのみなさまのお力によって、とても美しく楽しいたたずまいの本になったと思う。

 といった感じで、本の出来映えにかなり自己満足しているのだが、まったく読まれなくては意味がないし、売れなくて、良識的な本の出版を志す大隅書店さんに迷惑をかける、という事態になることも恐れてもいる。

 このブログを読んでいただいているみなさま、よかったらご購入ください。
by kohkawata | 2011-10-24 16:55 | 香港の映画 | Comments(0)

はるかのひまわり


 この10月1日から開催されている神戸ビエンナーレの、ある企画のお手伝いを縁あって少しだけさせてもらった。

 それは、東北大学の片岡龍先生たちの企画した「東北から祈りを紡ぐ」というタイトルの写真・影像の展覧会で、韓国の写真家イ・ビョンヨンさんが震災後の東北各地の被災地を撮った写真の展示を中心に、映像作家の森元修一氏のドキュメンタリー『大津波のあとに』と大久保愉伊氏のドキュメンタリー『槌音』の部分的な上映もしている。

 展示している写真のなかに、気仙沼の街角で芽吹いたひまわりの双葉があるのだが、これは「はるかのひまわり」である。「はるかのひまわり」について私は少し調べて、こんな解説文を他の協力者のみなさんとも相談しながら書いて、写真の下に掲示した。


「はるかのひまわり」

 6月24日、宮城県気仙沼市を訪れたイ・ビョンヨン氏は、芽を出したばかりの「はるかのひまわり」を偶然みつけて、カメラに収めました。
 「はるかのひまわり」とは、阪神淡路大震災で亡くなった、当時11才だった加藤はるかちゃんという女の子の名前にちなむものです。その年の夏、はるかちゃんの暮らしていた神戸市東灘区の家の跡地に大輪のひまわりが咲きました。それを見た人たちが、震災で亡くなった子どもたちのことを思って、この時のひまわりの種を、近隣の空き地や小学校に植えるようになりました。その後ひまわりの種は、代を重ねながら、ボランティアの人たちの手によって、新潟県中越地震など国の内外の被災地に届けられ、神戸と被災地を結ぶ象徴となりました。
 今回の東日本大震災では、全国・全世界からの救援活動が展開されています。「はるかのひまわり」の種も、神戸や東北のボランティアの方々によって、何万粒も種えられました。今回、神戸ビエンナーレの場をお借りして「東北から祈りを紡ぐ」写真展を開催するにあたり、東日本大震災の被災者・被災地にたいする神戸のみなさまの暖かく活発なご支援に感謝するとともに、今後も神戸と東北の絆が続くことを願って、この写真を展示しています。(以上)

 
 私にとっては近所のことでもある、「はるかのひまわり」を調べていて、とくに印象的であったのは、はるかちゃんのお姉さんである加藤いつかさんが書いた手記『はるかのひまわり』(星雲社、2004年)である。震災後、残された家族がどうなっていったかが率直に書かれている。亡くなった妹への嫉妬なども語られている、この生々しい本が告げているのは、親しい人に先立たれて、立ち直れる人と立ち直れない人がいるのだという、当たり前だけどあまりに厳しい現実である。そして、立ち直れた人であっても、昔の幸福に戻れるわけではまったくないこともわかる。しかも、すべての人は親しい人がいるならば必ずその人と別れる運命にあるのだから、この本に描かれていることには何かぞっとするような恐ろしさがある。そういっても、なんとか立ち直ることのできたようにみえる人の手になるこの本は、傷ついた人たちにとって、安易な励ましとは異なるレベルでの励みになりえる本だろうと思う。

 それにしても、「はるかのひまわり」という象徴はよくできているな、と思う。多くの人たちが理不尽に命を奪われたという悲劇にたいして、明るく陽気な花とたくさんの実を実らせる向日葵という植物の命をつなげていく、という行為は文字通り向日的で、うまくあっていると思う。しかもそれを一人ではなくたくさんの人たちと一緒にやっていく、というのはたしかにみんなの気持ちを明るくさせるだろう。「はるかのひまわり」の運動は単一の団体が押し進めたものではなく、最初に跡地にひまわりが咲いているのを見つけた人、神戸の複数のボランティア団体、そして今回は、東北に「はるかのひまわり」を持ち込んだ新潟の人、いわれをきいて共感して種を植える運動を初めた被災地の人たちなど、相互に無関係であった多くの自発的な共感者・参加者たちによってつながれてきた運動であるようだ。「はるか」という名前も、遠くに去っていった命を期せずして表しながら、しかもきれいな感じ。

 神戸の震災の経験から学べることはたくさんあるのだろうけれど、「はるかのひまわり」という象徴もその大切な一部なのだと思う。

 今回は、「東北から祈りを紡ぐ」の関係者の皆様と「はるかのひまわり」に関わってこられた皆様のおかげで、いろいろな経験をし、いろいろなことを教えていただき、上記のようなことを考えたりもしました。この場を借りて、お礼申し上げます。
by kohkawata | 2011-10-05 14:36 | 現代日本の文化 | Comments(0)