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おとぎの国の江國香織



 いまさらなことなのだろうが、江國香織に出会ってしまった。

 まだ少し暑かった初秋の東京で、日本の学会を総攬するかのような偉そうな組織が主催するシンポジウムに出席して、これまたとても偉そうな肩書きの先生の講演をききおえて、私は「なんだかなあ」とため息をついた。それは、半世紀ほど前に米日の社会科学者たちが熱心に論じていた古いテーマで、そこからたいして外に出ることができていないのに、ひどくもったいぶって自信満々で話している様子は、これが噂の「東大話法」なのか、日本の社会科学はいったいどうなってしまったのかと、がっくりつまらない気分になっていた。

 日が暮れかかって、新幹線で帰る前に、かねて少しだけ行ってみたかった谷中の町を散歩でもするかと鴬谷の駅を降りて山手へとつながる緩やかなと上り坂をとぼとぼと登ると、いかにも関東らしい深い緑の木々に彩られた空間が広がっていて、そのなかに瀟洒な洋館が建っていた。国際子ども図書館というものがあることは知っていたが、これがそうなのかと偶然の出会いを喜びながら、館内に入ってみると、天上が高くて革靴がよく響く、木造の美しい3階のホールに、子どもの本の歴史を振り返るという趣旨でたくさんの絵本が展示してあったのだが、その本たちがいかにも選りすぐりという感じの逸品ばかりであった。

 そのなかの一つが江國香織の『つめたいよるに』であった。私は何となくガラス越しにみた、長田弘と荒井良二による『森の絵本』という本とこの『つめたいよるに』に惹かれて、東京から帰ってから近所の書店で探して読んでみたのだった。

 『つめたいよるに』の冒頭の短編「デューク」を読んで、ひどく感動してしまった。愛犬が死んだ悲しみを描いている話で、私はこれを十数年前に、センター試験に出題されたさいに新聞で読んでいたことを思い出したが、そのときはそれほどには感動しなかった。冒頭の「びょうびょう泣きながら」などといった遠慮のない表現に少しひいたように記憶している。 多くの人がペットと死に別れた悲しみを胸に刻んでいると思うが、 今回読み直して、その悲しい痛みが蘇るとともに、ほんの少しかもしれないがその痛みが癒されるように感じた。そして、初読のときにはそう感じなかったと思うが、今回は、自分は飼い主の「私」であるばかりではなく、犬のデュークの方にも同一化していたように思えた。先立たれるのではなくて、先立つ方に自分の年齢がなってきたということなのだろうか。最後に二人はとても悲しい会話を交わすのだが、それは悲しいけれども本当にいい会話でもあって、これ以上いい別れは想像できないとすら思った。

 『つめたいよるに』のなかにある他の短編もいいものばかりで、「いつか、ずっと昔」も、「晴れた空の下で」も、胸を打つ悲しみがあって息苦しくなるほどだ。前者は、結婚をする直前の女の、他の男たちとの切ない別れを、後者は妻に先立たれた老人の茫漠とした境地を、いずれも巧みな寓話によって表現している。

 また『森の絵本』もよかったのだが、この絵本の絵を描いた荒井良二と江國香織がつくった絵本もみつけて、それは『モンテロッソのピンクの壁』というのだが、これまたいたく感心した。これは、モンテロッソという街のピンク色の壁にたどりたかなければならないという不思議な思いに取り憑かれた猫の話なのだが、言葉と絵が共振してとても華やかで軽妙な全体的な様子も素晴らしいが、何よりも大胆な結末に驚かされた。己の欲望を生ききることの深い喜びと、そしてその言い表しがたい悲しみとが、見事に表現されていると思う。「いつか、ずっと昔」はこの荒井良二によって絵本にもなっていて、いっそう味わい深い。

 さらに、彼女の絵本についてのエセー『絵本を抱えて 部屋のすみへ』も読んだが、これまた素晴らしい。読んだことのある絵本については「まさにその通り、よく言ってくれた」と思うし、読んだことのないものは、ぜひ読んでみたいと思わされた。例えば、『おさるのじょーじ』についての文章はこんなだ。

 「小さくて好奇心のつよい — そしてちっても学ばない — こざるの冒険に、みんな胸をどこどこさせて自分を重ねるのだろう。その徹底した天真爛漫さや怖いもの知らずのエネルギー、そして、最後にはすべて上手くいくという幸福な確信。その気分にふさわしく、どの頁も活気に溢れ、色とりどりの家や車やビルやひとでみちている。世界はそういう場所なのだ。事件のおこるべき場所」。

 ここまでくると、俄然、この作家の本を一つ残らず読んでしまいたい気持ちにかられたのだが、同時にもったいなような気もして、本屋で何冊か手に取りながら、これはと思ったものを買ってみた。それは、『すきまのおともだちたち』。新聞記者の「私」が出張の帰りに別世界(らしき所)に迷い込んで、そこで、「お皿」と二人で暮らす九才の女の子と出会う、というおとぎばなし。

 「小さなおんなのこっていうものはね、たいてのことはよく知っているものなのよ。でもやったことはないの。当然でしょう?」と宣うこの女の子(この世界にはなぜか固有名詞が存在せず、この子にも名前がない)は、ユーモアとペーソスに満ちていて、実に楽しい。彼女は、生意気にも、小心で平凡な大人である「私」にこう教え諭したりする。

 「さっきも言ったけど、旅はいつか終わるのよ。それはあしたかもしれないし、来年かもしれない。現実をありのままうけいれるの。そして、元気を出さなくちゃ」。

 どんな旅もいつか終わるという運命を噛み締めながら、希望や友情の可能性が探られているのは、やはり大人の童話というべきなのだろう。彼女は「私」とハーモニカで遊びながら、こうもいう。「ひと、りで、やるとき、より、ずーっと、おもし、ろいわ」。聡明で生意気で孤独な子がそう言ってくれるのは楽しいことだ。

 江國香織の本領は小説にあるのかもしれないが、まだほとんど読んでいない。ただ、今日までに読んだ彼女のおとぎばなし的なお話やエセーはどれも素晴らしいと思うし、私が共感できるのは彼女の小説ではないような気もする。音楽と愛犬についてのエセー『雨はコーラを飲めない』や、手近な品々についてのエセー『とるにたらないものもの』もしみじみよかった。タイトルからいいと思う。

 東京の偉そうな場所で偉そうな人が偉そうにつまらない話をしたからといって、いい年をしてため息をついたりしていては、『おともだちたち』の九才の女の子に、どうして懲りもせずにいつまでも他人をあてにして無いものねだりをしているんでしょうね、とそれこそため息をつかれてしまうかもな、と反省したりする。あるいは、江國香織は村上春樹と似ているがはるかにいい、とか言いたくなるが、そんないい草も鼻で笑われそうだ。

 この女の子の口癖はこうである。「そんなの、生まれたばかりのへびの赤ちゃんにだってわかることよ」。楽しくも見事な比喩ではないだろうか。

by kohkawata | 2013-11-30 13:03 | 現代日本の文化 | Comments(2)

Kindle と消えゆくもの

 最近、Kindle を使いはじめた。使い心地のよさに嬉しい驚きを感じている。

 Kindle のpaper white を使っているのだが、画面に映し出される文字の塩梅がたいへんよく、上質の紙にインクで書かれた筆触のようなものすら感じる。また画面が僅かに光ることによって、文章が生き生きとしたものに感じられる。通常のパソコンの画面よりもずっと読みやすく、ほとんど本と見劣りしない水準にある。いや、本よりも、紙という介在なしに、より直接的にテクストに触れることができる感じすらする。

 そして、読みたい文章・本をすぐさま読めてしまう便利さには愕然とさせられる。20年ほど前にamazon で英語圏の本を取り寄せることのできる便利さにも愕然としたが、電子書籍によって取り寄せる時間が限りなく短くなったわけだ(海外の本をダウンロードするのはまだ簡単ではなさそうだが)。

 Kindle で最初に読んだのは堀辰雄であった。宮崎駿の『風立ちぬ』を楽しく観て、すぐに読み直したくなったのだが、研究室の書架に取りにいくよりも、早いし無料であった。そして、『風立ちぬ』のような古典的な作品を読むうえでも、Kindle の画面は少しも違和感がなかった。電源を切ったときに活字印刷をモチーフにした画像を浮かび上がらせるなど、明らかに本好きの取り込みを狙っており、薄く安っぽい文庫本よりだいぶいいとさえ感じさせられた。

 私は自分のことをかなり重傷の本好きだと思ってきたが、Kindle にふれて、自分が好きであったのは本という物体では必ずしもなく、文学作品そのもの、あるいはテクストを読むこと自体なのだということがわかった。Kindle一つさえあれば、どこでもいつでも素晴らしい作品を読むことができる、というのは安易だがとてつもなく楽しい。

 しかし、こんなにもKindle が便利で快適で、かえって少し不安なさびしい気持ちもなくはない。きっと、もはやいわゆる本を手に取って読むという行為も急速に廃れていくだろうし、自宅の書架に大量の本が並んでいるということも、本の置き場所に困るということも、すべてが多くの人にとっては過去のこととなっていくのだろう。街の本屋さんもますます姿を消していくだろう。そういえば、私が好きだった神戸の老舗海文堂も今日で店じまいだそうだ。さらにもっと情報のデジタル化が徹底していけば、まだ「書籍」というカテゴリーにしばられている「電子書籍」というものも消えていくのかもしれない。

 さらに、情報の徹底的なデジタル化が進み、情報へのアクセスの障壁がさらに低くなったとき、本屋や出版業など種々の知的産業はもちろんのこと、私たちの知性とか感性といったものさえもが大きく変わっていくのかもしれない。その内実がどのようなものになるのか、想像もできない。ただ、もしかすると、有象無象の情報がもっともっと溢れかえり、例えば宮崎駿や堀辰雄のように、たいへんな情熱を注ぎ込んで隅から隅まで行き届いた精緻な作品を生みだす、というような営為はこれまでのようには価値あるものとされないようになり、さらには気がつきさえもされないようになるのかもしれない。いや、そもそもすでに堀辰雄だって、その作品は文学としてすばらしいと思うが、すでにずいぶん忘れられていた。芸術や文学といったものの社会的なポジションや精神的な意義がまったく変わっていくのだろうと思われる。

 本も小説も童話も映画もテレビも、そうした近代の文化的産物は、情報環境のさらなるドラスティックな変化のなかですべていずれは消え去るに違いない、とまでいうとやはり何だかやはりにわかには信じられない。しかしどのみち、 もっぱら本を読んだり映画を観たりして学んできた私たち以上の世代のことは、後世の人にはもう本当には理解されないようになるのだろう。そう考えると、やはり少し悲しい。しかしまあ、近代化がはじまってここ数百年、時代はドラスティッックに変化し続けてきたし、世代間の理解なんてものはずっといたって貧しかったに違いないとは思う。
by kohkawata | 2013-09-30 19:08 | 現代日本の文化 | Comments(0)

『東京家族』、かぎりなく優しい映画

 採点と入試が終われば今度は研究会の準備とか研究費の精算やら請求やらと、何かと気ぜわしいのだが、それでも山田洋次の新作は見なければならないというような軽い義務感もあって、西宮で『東京家族』を観てきた。

 素晴らしい映画だった。父母と子ども、姉と弟、女と男、労働と家族、東京と地方、過去と現在、失意と希望、そして生と死のサイクル、それらのすべてを2時間余りの静かなフィルムのなかに美しく、そしてかぎりなく優しく収めている。

 前にこのブログで佐藤忠雄の山田洋次論について少しふれたが(こちら)、その時は、山田洋次がさらにこんなに良い映画を撮るとは期待していなかった。小津が手本であったにしても、この『東京家族』に込められた思想には、小津も及ばない熟慮の積み重ねがあるように思う。あるいは山田と共同で脚本を担当している人など、他のスタッフたちの力も相当なものなのだろうか。

 それにしても、映画館でこれほど素晴らしい映画を観たのはいったい何年ぶりだろうか。もう終わりかけているようだが、まだ一部の劇場では上演している。今の日本を描いているので、今観るといい映画だと思う。私の個人的な心情にぴったりくる、ということはあるにしても、広くすすめられる映画である。いや、今観なくても、きっと多くの日本人がいろいろな媒体でこの傑作を、十年後も五十年後も、何度も観ることになるだろう。

 その時、今の子どもたちが大人になってこの映画を観たら、どう感じるだろうか。もしかしたら、この映画のなかに懐かしくも美しい世界をみるのかもしれない。映画のなかで橋爪功が「この国はどこかで間違ってしまった」と遠い目をして嘆息しているが、「何も間違っていなかった、夢のように平和で豊かで自由なかわいらしい時代だった」と平成時代を回顧するのではないかと夢想する。

 そして、寅さんもようやく結婚するんだな、と思ったりすると感慨もひとしおである。阪神淡路の地震のすぐあとに寅さんは最後の訪問先の一つとして長田を選んでくれたが、今回は東日本大震災後の南相馬でマドンナに出会ったことにしてくれている。変わることのない、いや、いっそう深まった、優しく惜しみのないサービス精神を感じる。
by kohkawata | 2013-02-22 19:11 | 現代日本の文化 | Comments(0)

宝塚歌劇をはじめて観る

 先日、宝塚歌劇をはじめて観てしまった。

 ずいぶん以前から一度は観なければ、と思ってはいた。100年にならんとする伝統をもち、未だに広く深く人気のあるこの歌劇は、確かに希有な文化的運動であるに違いない。それに一応演劇にかかわる研究もしているのだし、宝塚は関西の宝であるような気もするし、だからとにかく観なければならないと思ってきた・・・・だが、あの滑稽にみえる厚い化粧と派手な衣装、あるいは男役たちの気取りきったポーズ、それらは到底自分の趣味ではないなと食わず嫌いをしてきたのだった。そもそもなぜ女性だけで演じなければならないのかさっぱりわからないかったし(同様に私には、男だけで演じる歌舞伎がよくわからないし、逆に女優を許した、京劇など中国の伝統劇に共感する)、私は以前に、宝塚大劇場の通用門で出勤してきた劇団員たちを「お見送り」する、浮かれた、しかし奇妙なほど統制のとれた中年女性の集団の姿を偶然目撃して、ぎょっとしたこともあった。

 重い腰をあげて観たのは、月組公演『ベルサイユのばら〜オスカルとアンドレ編』であった。結論からいえば、確かにかなり楽しい時間を過ごしたし、相当にいい劇団だと思った。


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 役者たちの歌、演技、とりわけダンス、どれも一定以上の水準で感心させらた。全員で四十人くらいなのか五十人くらいなのかわからないけれど、目立って見劣りする人には気づかされず、これだけの水準を保つのは並大抵のことではないだろうと思う。AKB48と同じように、演者はみな女性でありながら演出など主立った裏方がみな男性で、演者たちにはほとんど何の決定権もないんだろうな、ということに気味の悪さを覚えるが、同時に演者たちをはじめ関係者のとてつもないものであろう研鑽・努力がしのばれる。


 宝塚大劇場という舞台にも感心した。阪急宝塚駅からの軽快な並木道、正面入口から続く広々として暖かな感じの回廊も楽しく、とりわけその回廊のわきにもうけられた、武庫川に望む、陽光ふりそそぐテラスの解放感はよかった。

 そしてやはり、この宝塚歌劇の定番の出し物『ベルサイユのばら』は、演劇として、さすがに完成度が高かった。

 テーマはもちろん「愛」だ。原作の漫画やアニメ以上にもっと、最初から最後まで「愛」を連呼していて、いくらなんでも連呼しすぎだろうとは思うが、常連のお客さんにとっては「待ってました」ということなのだろう。ベタな定番を平然と楽しむ関西文化である。

 舞台では、しかし、オスカル演じる役者の演技が今一つであるせいもあり(オスカルの演者は二人いて日によって交代するらしいが)、オスカルは「愛」の主体であるよりは、むしろ様々な制約と価値と愛着の間でゆれている、少し頼りない人であるようにさえみえた。王家に忠誠を誓い家系を誇る父親の娘への歪んだ愛情と期待、孤立する王妃への同情と忠誠、フェルゼンへの思慕と失意、フランス国民への義務・・・原作もまたオスカルの揺れ動く心を描いているが、彼女を美しく気高いとすることによって、それらの揺れが一つの人格のなかにまとめあげられていたように思うのだが、今回の生身の役者にはそこまでの魅力と説得力は感じられなかった。とはいえ、ちょっと不器用でおおらかな感じのするこの月組の「トップスター」はお好きな人には応援のしがいのある魅力的な役者なんだろうな、これが「ヅカファン」たちの好みなんだろうな、と何となくわかった気がした。

 もちろん、この「ベルばら」で表現されている愛のかたちは、戦後の日本人が夢見たような華麗で大げさな衣装と同様に、古いといえば古い。様々な制約に縛られながらも、美しいうえに社会的な権能も豊かな異性のなかに輝く至上の価値を見いだすこと、そんな存在を報われなくても愛すること自体に価値があるのだと信じること、それはいかにも戦後日本の真面目でそれなりに社会化されているが退屈な専業主婦的な女性たちの白昼夢にふさわしいようにも思われる。 テレビ等でみる限り、宝塚歌劇はいつも、一匹狼的な無頼の、しかし分かりやすい身体的・社会的な力強さをもった男性像にご執心のようである。身も蓋もなく言ってしまえば、サラリーマンの格好のよろしくない夫しかいない有閑マダムたちが夢見るのは、誰に頭を下げることもない、自立した力強いオスとしての男と愛し愛されることだ、ということになるのかもしれない。

 しかし、「ベルばら」が他の宝塚の演目に比べてよくできてるなと思うのは、男と女という窮屈なカテゴリーをうまく転覆させているところである。オスカルはもちろん両性具有的であり、そのオスカルを愛するアンドレもまた、マッチョな男性であるだけではなく、男性的でもあるオスカルを愛する点で女性的でもある。お客さんである女性は、男性的な権能をもった女性であるオスカルに同一化することも簡単にできるし、女性的でもあるアンドレに同一化することもできるだろう。二人の主人公、二つの性別、二つの立場の間をいったりきたりして楽しむことができるわけだ。贅沢でちょっと頽廃した娯楽だ。考えてみれば、他の演目にしても、キッチュな男性像ばかりが目立つとはいえ、それを演じているのは女性なのだから、宝塚歌劇とはこうした性別を逸脱していく快楽を提供し続けているのかもしれない。「ヅカファン」の女性たちには男になってみたい願望があるのだろう、というわけだ。

 むろん、そのような逸脱の快楽もまた、性別役割分業の厳しかった過去の時代の裏返しにすぎない、とも言えるだろう。それでもなお、「ベルばら」には現代的な部分もあるように思われる。それは、アンドレのオスカルへの愛のありようなのであるが、それは原作同様に見事に表現されていると感じた。とくに今回感心したのは、アンドレが目の怪我のために光を失って行くサイド・モチーフが、フランス革命のなかでオスカルが死を賭して自らの運命をまっとうしようとするメインのプロットに重ね合わさられることによって、ドラマに強い緊張感が生まれている点である。この緊張感のなかで、光を失っていくとき人は一体何を欲するのだろうか、死を超える価値はあるのだろうか、という強い普遍性を持ちうる問いが生まれ、アンドレのオスカルへの愛の質と強さこそがその答えでありえるのではないかという幻想が、原作以上にはっきりと示されていた。そのようにして、この演劇は、オスカルがアンドレにそのありのままの姿 — つまり男性的な部分も女性的な部分もふくめた、ありのままの私 — を愛されたように、私も逞しくも自分にだけは紳士的なオスにそっくりすべてを愛されたいという都合のよい願望をかなえるだけではなく、むしろアンドレのように誰かを心から愛したい、すべてを捧げてその人のために生きたいという、もう少し深く普遍性のある願望をより強く表現しているのではないか、と私には思われる。少なくとも私は、宝塚のオスカルには少し失望したが、オスカルがその生をまっとうすることを自らを犠牲にしてでも望み支え続けるアンドレの姿には、思わず涙した。 二人が白馬の引く車にのって天空に駆け上がるラスト・シーンは、確かに昔の少女漫画のパロディーのようであまりにもベタすぎて滑稽であるが、それは、強い男に都合よく愛されたいという身も蓋もない欲望よりはもう少し昇華されたイメージであるように思われる。

 だから、ヅカファンたちの好みはちょっと古くさいだけで、決して悪くない、いやそうとうに豊かなものを含んでいるのではないか、と私は感じた。そして、宝塚歌劇が、何とか戦後臭を脱してより現代的な愛のすがたを、魅力的な女優を育てながら、もっと豊かに創造してくれたならば、その時にはきっと私も、宝塚に通うことを人生の喜びとすることになるような気がする。
by kohkawata | 2013-01-29 21:49 | 現代日本の文化 | Comments(0)

尖閣諸島、あるいは愛国者の悲しみ


 東シナ海に浮かぶ無人の孤島をめぐる、日中双方の言動に何ともいえぬ愚かしさを感じている人は多いだろう。歴史的にも法的にも倫理的にも絶対に正しい国境線など元来あるはずもないのに、そこまで声高に本気で領有権を主張するなんて、知性と慎みを疑わせるに十分であろう、と。そしてこれを機に、「中国はやっぱり云々」と安直な一般化に走る言葉が行き交う状況にも同じような失望を感じる人は多いだろう。たしかに、ナショナリズムというのは個々人の賢愚や国民全体の成熟を判定するリトマス紙になっている。

 それにしても、この種の愚かさというものに、私はなかなか寛容になれない。イシハラやアベのような、断固領土を守るべし、戦争をも辞せず、といった主張をするほどのレベルにまで行く愚かな人は少数派であろうと思うが、しかし彼らにははっきりとした攻撃性があるし、彼らの気分をおそらくは私を含めた誰もがどこかで共有していたりもするので、私(たち)はどうしても何らかの脅威を多かれ少なかれ感じて身構えてしまう。

 こうした攻撃的なナショナリストは、愛国やら憂国やらを気取りながら、実は正義の御旗のもと、他民族はもちろんのこと、自国民すらも攻撃したり侮辱したりしているのであろうが、そのような道徳や倫理やルールを武器とした他者への攻撃というものは、彼らだけではなく、一見良識的にみえる各種の運動家や、あるいはハラスメントをする大人たちやいじめ的なことをする子どもたちにもみられる、ごくありふれた、しかしなかなかやっかいな手口だ。日本の「愛国者」たちは結局は、日本車に乗っているからといって自国民を引きずり出して殴った中国人暴徒とよく似た類の人であるように私にはえる。どちらも、愛国を叫んで自国民に損害をもたらしても、そのひどい自己矛盾に恥じる様子もなければ、そもそも気がついてもいなさそうである。

 察した方がいいと思うのは、こうした自省心を欠いて攻撃的にみえる人たちには様々な種類の人がいるだろうが、しかしその多くが、おそらくはそれぞれに、「怒り」だけではなく、何らかの「悲しみ」のようなものを抱えているのであろう、ということだ。

 私は、以前にこんな若者に出会ったことがある。彼は、日教組や共産党や特定の国の人々がどんなにひどいかとか、危険を顧みない勇敢なる軍人こそが尊い、といったような、よく聞く右翼的クリシェを主張していた。私は何度も、人を表面的なレッテルだけで判断するのはよくないよ、うっかりするとそれは差別だよ、それに弱者をたたくのはかっこわるいことだよ、といったことを諭したのが、そうした長く続いたやり取りのなかで、彼はこんなようなことを言った。「自分の親は自分のことはどうでもいいと思っているし、自分も自分のことが嫌いなんですよ」と。

 私が想像するのは、多くの攻撃的な人たちの本音はその辺りにあるのではないだろうか、ということだ。そのこまで内省して言語化できたその若者はそれなりに賢い人だったのあり、おそらく多くのナショナリストはそんなことは自覚していないだろう。だが、彼らが何より声高に主張するのが「愛国」や「誇り」であるというのは、そうした背景があるのではないかと私には思える。どうして俺は自分に誇りも自信ももてず恥ずかしめられているのか、そもそもどうして誰も俺を愛さないのか、俺は正真正銘の日本人なのだぞ、ということではないだろうか。右翼の街宣車のがなり声は、どこか赤ちゃんの泣き声と重なって聞こえくることがある。どちらも、ぼくは困って怒っているんだ、ぼくの方を向いて、ぼくのことを今すぐかまってくれ、そして助けてくれ、と激しく訴えているのではないだろうか。右翼の方々は、少しもかわいらしくないけれど。

 「愛国主義は悪党の最後の砦だ」という意味のことをサミュエル・ジョンソンが言ったらしい。どういう文脈で言ったのか知らないが、私には、「現代にあって愛国主義は弱者の最後の砦だ」と言った方が本質的であるように思われる。あの若者が暗に伝えたかったことは、「人は弱者をたたくなというが、弱者なのはむしろ自分であり、だから自分が怒り罵りまわることは許されるはずだ」ということであったように感じられた。やっかいなのは、この最後の砦を取り上げられたら、この弱者たちは行き場所を失ってしまうであろうということだ。彼らは政治的妥協など望んでおらず、むしろ問題が大きくなって火の手が盛んに燃えた方が一時の興奮を味わえて喜ぶだろう。取り戻せない悲しみを抱いて「現実」を壊そうと願う彼らは、確かに危険で、確かに悪人になりえるのだ。

 堺屋太一との共著『体制維新』などを読むと、橋下徹はそれなりに大きな歴史観と戦略性をもった人のようでもあり、私は政治家としてまったく期待していないわけでもないのだが、しかし、彼が何かにつけて見せる幼稚な攻撃性やナショナリズムの利用には、結局は彼もイシハラ、アベの類の弱者=悪人なのかという疑いをもってしまう。法をもって処罰される可能性がないならばあとは何をやってもよい、といった類の彼の発言も、弁護士らしくもあるが、確かに恥も慎みも欠いている。そして彼の近親者や同調者たちについての、いかにも暴露記事めいてはいるが重要な情報を含む週刊誌の記事の数々や、『どうして君は友だちがいないのか』といった彼の別の本などを読むと、彼はセンチメンタルで単純な右翼などではないのだろうけれども、それでも彼にも癒されがたい生々しい傷があり、それゆえに恥も慎みも奪われて、暗くたちの悪いニヒリズムを信奉してしまっているのかもしれない、と想像される。

 そんなようなことを考えると、自称愛国者たちを数日間だけ野放しにして暴動を許した中国政府はそれなりに現実的で賢明であったのかもしれない。彼らの悲憤はとにかくも少しは受け止められたのだから。あるいは石原都知事に言いたいことを言わせて尖閣から遠ざけた日本政府の対応も適切であったのかもしれない。暴れる者からは、タイミングをみて、静かに、あるいは威嚇して、武器を取り上げなければならない。しかし、今後も「愛国者」たちを国家権力の中枢から遠ざけ続ける力は今の日本人にはもうない恐れもある。むろん、不幸にもそうなったとしても、たちの悪い「愛国者」たちはあくまでも少数派に留まるだろうし、この巨大なシステムと化した日本の社会は首相の裁量程度ではどのみちたいして変わらないだろうが、しかし、いい方向にも変わらない、ということになりそうだ。

 個人的なレベルでは、もし身近にこうした悲しくも攻撃的な人がいたら、感情的にも巻き込まれないように用心しながら、彼から身を引くという消極的対応がもっとも現実的だろう。おもしろくもない話だが、人を正したりしようとするのではなく、結局は自らの正気を保つことが肝要なのだと思う。しかし、機会があれば話を穏やかにきいてあげて、意見には同調しないが、君の気持ちはわかる気がするよ、とそっとシグナルを送るのがいいのかもしれない。悲しみに向き合えるようになればよいのだが、と念じながら。
by kohkawata | 2012-10-22 18:03 | 現代日本の文化 | Comments(0)

蜷川実花の新作

 遅まきながら、『ヘルタースケルター』を観た。久々におもしろい邦画を映画館で観た、惜しみなく華やかで、大胆で、知的で、毒のある映画だ、と思った。

 原色に近い過剰なほど多彩な色を用いていることも、主張の強い音楽の使い方も、ほとんど好き勝手にやっているという印象を与えるほど大胆なものでありながら、それでいて実は誰にもわかる、媚びといっていいほどの大衆性をもっている。壮麗な室内のシーンなどはもちろんなのだが、夜の雨のなか人生に絶望して泣き崩れるというベタすぎるはずのシーンも、立ち並んだ自動販売機やショウウィンドウなどを使ってあふれかえるような色彩を大胆にまきちらすことによって、ベタでありながらなんとかおもしろいシーンにしている。そして、そのような大胆な華やかさを最初から最後まで貫き通し、一つの作品として鑑賞と評価に耐えられるようにまとめあげていくその緊張感あふれる力技自体が、りりこという主人公の生き様と奇妙なほど共振しているようで、それがこの映画の中心的な魅力になっていると感じられた。

 りりこは自分の存在に何の値打ちもないと痛感しているから、全身美容整形をして美女として生まれ変わって人気モデルに成り上がったけれども、その美もその人気も虚飾で一時のものにすぎないことも知っていて、忘れ去られて再び何の値打ちもない人間に落ちていくことが、いやそもそも今もこれからもずっと値打ちのない人間であり続けるほかないかもしれないことが、怖くて怖くてたまらない。怖さから逃れるために、整形を繰り返し、「ママ」に頼ろうとしても頼ることができず、酒を飲み、マネージャーをいたぶって、後輩に嫉妬し憎悪して、薬にも手をだすけれども、素面になるとまた怖くて、妄想まで出るようになって、とうとう自分の存在を消し去ろうかと思いつめる。

 そのようなプロット自体は岡崎京子の同名原作に忠実でいながら、しかし原作ほどりりこの人生に迫真性は感じられない。原作の方が描線が儚げで、りりこの身体も人生も貧相で情けなく切ないのだが、映画の方はといえば、主演女優の演技が上手ではないせいもあってか、今ひとつプロットに説得力がない。その代わり映画は、りりこを中心にした映像的に惜しみなく華やかで緊迫感のある世界をつくりだしており、それでいて時々おそらくは意図することなくかなり間抜けなシーンもある所に(賢いはずなのに賢くなさそうな気取った検事さんとそのゆるい感じの部下との二人のシーンなど)、切迫感が強く儚げな原作者とどこかおおらかで豊かな感じのする監督との資質の大きな差が感じられるのだが、漫画一般が不得意な私は(漫画という表現方法は視覚的にも言語的にも貧しくステレオタイプに堕しやすいと思う)、この映画の方にも魅力を感じる。

 知的で毒があるというのは、そのようにして作り上げられた華やかでありながら人工的な美を喜んで享受しては捨てて忘れ去って行く消費者の軽薄さと無責任ぶりを、この映画が描いているからである。りりこに興味をもつ若い女たちの騒がしく軽々しい声が、原作と異なって、くどいほど繰り返されている。けれどもさらに周到なのは、そのようにして消費されていく一人の人間の姿を映画が華やかに残酷に描くことで、それもまた消費されていく、つまりりりこの顛末も、沢尻エリカという実在の人間もこの映画自体も観客たちによって消費されていくのだ、という多重に自己言及的なアイロニーがこの映画にはある、という点にある。

 元々原作も自己言及的だが、さらにアイロニカルであった。肉体も言葉もすべて嘘ばかりで成り上がったりりこは、その嘘の存在に平気で騙されてしまう世間を笑っている。そして漫画全体もまた、そんなふうに美女の裏側を覗き見て喜んでいる読者たちを笑っているように思われる。それでいて、そんな世間や読者に媚びを売って消費してもらはずにはいられない、そのような寂しく情けない姿を漫画はアイロニカルに描いていて、そのアイロニーがいいと思うインテリもいるでしょうよ、という覚めた感覚すら漂っていた。

 この映画(と原作)が描く、ポストモダン的な「スペクタクル社会」の舞台裏でありながら楽屋落ちのない、逃げ場を失った人間たちの閉ざされた社会は、しかし結局ちょっと時代遅れな、バブル期のころの東京的な感じもするし、男たちの、あるいは同性同士の視線にさらされて値踏みをされ続ける女たち一般の世界でもあるようで、その意味で、やはりどこか時代からずれてしまった、しかしやはりある種の普遍性をもつ、フェミニズム的な映画でもあると思われる。

 それでも原作も映画もそれぞれにいいものだし、とくに失踪後のりりこを垣間見させる、原作・映画のどちらにも配されている最後のエピソードは、閉ざされてみえる社会でもその外には開かれた世界があるのだ慰めてくれているようでもあり、その意味でやはり媚びているなと感じられながらも、心やさしい、いいエンディングだと思う。そして、アメリカだったかメキシコだったか記憶していないのだが、どこか外国の僻地を設定した原作と異なって、人々が行き交い笑いさざめく香港の華やかな雑踏に取り囲まれた、隠されていながらきらびやかな空間というラストシーンの舞台は、この映画全体の、そしておそらく蜷川実花という作家の、一貫した力強い志向を象徴していると思う。
by kohkawata | 2012-09-17 13:44 | 現代日本の文化 | Comments(0)

はるかのひまわり


 この10月1日から開催されている神戸ビエンナーレの、ある企画のお手伝いを縁あって少しだけさせてもらった。

 それは、東北大学の片岡龍先生たちの企画した「東北から祈りを紡ぐ」というタイトルの写真・影像の展覧会で、韓国の写真家イ・ビョンヨンさんが震災後の東北各地の被災地を撮った写真の展示を中心に、映像作家の森元修一氏のドキュメンタリー『大津波のあとに』と大久保愉伊氏のドキュメンタリー『槌音』の部分的な上映もしている。

 展示している写真のなかに、気仙沼の街角で芽吹いたひまわりの双葉があるのだが、これは「はるかのひまわり」である。「はるかのひまわり」について私は少し調べて、こんな解説文を他の協力者のみなさんとも相談しながら書いて、写真の下に掲示した。


「はるかのひまわり」

 6月24日、宮城県気仙沼市を訪れたイ・ビョンヨン氏は、芽を出したばかりの「はるかのひまわり」を偶然みつけて、カメラに収めました。
 「はるかのひまわり」とは、阪神淡路大震災で亡くなった、当時11才だった加藤はるかちゃんという女の子の名前にちなむものです。その年の夏、はるかちゃんの暮らしていた神戸市東灘区の家の跡地に大輪のひまわりが咲きました。それを見た人たちが、震災で亡くなった子どもたちのことを思って、この時のひまわりの種を、近隣の空き地や小学校に植えるようになりました。その後ひまわりの種は、代を重ねながら、ボランティアの人たちの手によって、新潟県中越地震など国の内外の被災地に届けられ、神戸と被災地を結ぶ象徴となりました。
 今回の東日本大震災では、全国・全世界からの救援活動が展開されています。「はるかのひまわり」の種も、神戸や東北のボランティアの方々によって、何万粒も種えられました。今回、神戸ビエンナーレの場をお借りして「東北から祈りを紡ぐ」写真展を開催するにあたり、東日本大震災の被災者・被災地にたいする神戸のみなさまの暖かく活発なご支援に感謝するとともに、今後も神戸と東北の絆が続くことを願って、この写真を展示しています。(以上)

 
 私にとっては近所のことでもある、「はるかのひまわり」を調べていて、とくに印象的であったのは、はるかちゃんのお姉さんである加藤いつかさんが書いた手記『はるかのひまわり』(星雲社、2004年)である。震災後、残された家族がどうなっていったかが率直に書かれている。亡くなった妹への嫉妬なども語られている、この生々しい本が告げているのは、親しい人に先立たれて、立ち直れる人と立ち直れない人がいるのだという、当たり前だけどあまりに厳しい現実である。そして、立ち直れた人であっても、昔の幸福に戻れるわけではまったくないこともわかる。しかも、すべての人は親しい人がいるならば必ずその人と別れる運命にあるのだから、この本に描かれていることには何かぞっとするような恐ろしさがある。そういっても、なんとか立ち直ることのできたようにみえる人の手になるこの本は、傷ついた人たちにとって、安易な励ましとは異なるレベルでの励みになりえる本だろうと思う。

 それにしても、「はるかのひまわり」という象徴はよくできているな、と思う。多くの人たちが理不尽に命を奪われたという悲劇にたいして、明るく陽気な花とたくさんの実を実らせる向日葵という植物の命をつなげていく、という行為は文字通り向日的で、うまくあっていると思う。しかもそれを一人ではなくたくさんの人たちと一緒にやっていく、というのはたしかにみんなの気持ちを明るくさせるだろう。「はるかのひまわり」の運動は単一の団体が押し進めたものではなく、最初に跡地にひまわりが咲いているのを見つけた人、神戸の複数のボランティア団体、そして今回は、東北に「はるかのひまわり」を持ち込んだ新潟の人、いわれをきいて共感して種を植える運動を初めた被災地の人たちなど、相互に無関係であった多くの自発的な共感者・参加者たちによってつながれてきた運動であるようだ。「はるか」という名前も、遠くに去っていった命を期せずして表しながら、しかもきれいな感じ。

 神戸の震災の経験から学べることはたくさんあるのだろうけれど、「はるかのひまわり」という象徴もその大切な一部なのだと思う。

 今回は、「東北から祈りを紡ぐ」の関係者の皆様と「はるかのひまわり」に関わってこられた皆様のおかげで、いろいろな経験をし、いろいろなことを教えていただき、上記のようなことを考えたりもしました。この場を借りて、お礼申し上げます。
by kohkawata | 2011-10-05 14:36 | 現代日本の文化 | Comments(0)

老いて旅立つ

 新幹線など電車の電光掲示板でニュースが流されていることがある。言葉たらずで目障りな、そうした情報の流し方は好きではないが、今日夕方、名古屋での集中講義の帰りに名鉄の車内でみたニュースには、不思議な感慨を覚えた。

 「日本永住を決めている、コロンビア大学名誉教授キーン氏(89)がNYを出発。日本国籍を取得の予定」

 私はドナルド・キーンの長年の愛読者である。彼の文学批評は深いとか鋭利とかいうものではないが(彼の現代文学にたいする批評は相対的にはおもしろくないと思う)、目配りが広く穏当で、そこはかとないユーモアもあって、いわゆる「コモンセンス」を感じさせる。それは、日本文学の研究・批評の世界ではとりわけ貴重なものだと思う。なかでも私は彼の『日本文学の歴史』(全18巻)が好きで、いつ読んでもとても楽しく、日本文学の通史として最もよいものだと断言してほぼ間違いないと考えている。日本文学の通史としては他に優れたものとして、加藤周一『日本文学史序説』(上・下巻、1975年、80年)と小西甚一『日本文藝史』(全5巻、1985-92年)があるが、どちらも時の流れのなかで少し古びてしまった印象が拭いがたい。だが、1970年代から90年代にかけて書き継がれたキーンのものは今でもすばらしいとしかいいようがない。現在『日本文学史』の名前で文庫化されつつあるようだが、図版を豊富に掲載し装丁もおしゃれなソフトカバーの版を私は気に入っている。他にも、近代日本の作家たちの日記を読み解いた、彼の『百代の過客』や、『渡辺崋山』、『能・文楽・歌舞伎』なども好きな本の一冊である。

 そのキーン氏が、東日本大震災の後、わりとすぐに、「震災と原発事故が起きたからこそ、日本を去るのではなく、日本に行くべきなのだ、私は日本に永住しようと思う」といった意味の発言をして、マスコミでたいへん好意的に取り上げられていた。キーン氏の正確な発言の文脈なり気持ちを知らないが、ただ私は個人的には、そういう理由で移住することにとくに感心したりしないし、氏がどこに住むのか関心を持ちようもない。

 にもかかわらず、私は今回のこの電光掲示板の短文に詩的ともいえるような感覚をもった。89才にして遙か遠い極東の地での永住を決意して、住み慣れた母国の都ニューヨークを後にするその瞬間・・・この、高名な文学研究者は、おそらくは意図せずして、彼の人生において最も文学的に表現されることになる瞬間を実演したのだ、という感じがする。今、彼の脳裏には、旅することを厭わなかった日本の文人たちの最晩年の様々な言葉が浮かんでは消えているに違いないと思う。
 
 
by kohkawata | 2011-09-01 23:35 | 現代日本の文化 | Comments(0)

災害ののちの春

 
 災害から一月余りがすぎ桜花の舞い散るようになって、ふと、杜甫の著名な「春望」は災害の詩であったのだと気がついた。

 国破れて 山河あり
 城春にして 草木深し

 今の日本の状況を「国破れて」というのは大げさすぎるかもしれないが、それでも小なりといえども敗戦のようなものだと感じられる。第二次世界大戦の後に日本が営々と積み上げてきたもの、それが象徴的に、そして実質的にも傷ついたように思う。

 思えば、日本にとっての第二次世界大戦とは、近代的軍隊という怪物を制御できなくなっての戦争であり敗戦であった。この怪物にとどめをさしたのはもう一つの怪物、原子爆弾だった。この爆弾は広島・長崎の人々を殺傷したばかりではない。生き残った被害者たちの心にも深い傷を残した。そのことは、例えば、ロバート・リフトンの『ヒロシマを生き抜く』(岩波現代文庫、2009年)という本をみればよくわかる(この訳書は新しいが、Death in Lifeというタイトルの原著は1967年刊行の古典である)。リフトンは、私の理解ではPTSDという診断名をアメリカで公認させることに力のあった人だと思うが、この本に描かれているトラウマ的体験は、後に少し図式的になりがちになるPTSDについての語りよりももっと生々しく悲惨なものである。

 そのようなたいへんな経験をして「過ちは繰り返しません」と死者たちに誓ったはずなのに、戦後の日本人は、批判と懸念の声を無視して、軽率にも政府・官僚・専門家を信じて、原子力発電所が全国に建設されるのを許した。そして、結局は、この新しい怪物を制御できなくなってしまった。しかも今破損して放射能を漏らしつつある原子炉の核心部分はアメリカの企業がつくったものだという。米国に大量虐殺されながら怒ることのできなかった日本の人々の心理をリフトンは分析しているが、そのまっとうな怒りの欠如はアメリカ製の原子炉を信頼してしまったこととどこかで関係しているのかもしれない。今度はもう少しましな対応をと期待したが、先日の統一地方選挙で最も多くの票を集めたのは、自分たちが長年にわたって推進してきた原子力行政に何の検証も反省も示していない自民党であった。同情や共感はできても正しく理解し批判し反省することがどうやら不得意そうな「我々日本人」の、どこか素朴な弱さにため息がでる。

 先の敗戦の時にも杜甫の「春望」を思い返す人が多かったという。国が敗れても、自然の恵みは豊かで美しい、そのことに驚き感謝する人々がいたという。だが、今回の「敗戦」によってその自然すらも汚染されてしまった。汚染が原発近辺でとどまってくれれば、というのは遠くに住んでいる者の勝手な望みにすぎないが、たとえこれ以上直接に拡大しないにしても、食物連鎖の心配もある。胎児や幼い子どもたちへの影響がとくに深刻になりえるという。今後長いあいだその心配と対処を、信頼できない情報とあやふやな知識をもって、続けなければならないようだ。

 時に感じては 花にも涙をそそぎ
 別れを恨んでは 鳥にも心を驚かす
 峰火 三月に連なり 
 家書 万金に抵る

 冒頭の二行に比べると、この三行はセンチメンタルすぎるように思っていたが、災害の後の読むと、素直に共感できる。杜甫は安史の変によって都での文人としての生活から転げ落ち、そのときにこの詩をうたったのだが、震災によって、程度の差は著しいであろうが、私たちもまた頼りにしていた何かから転げ落ちたのではないだろうか。そういうときに、花鳥や家書のような、頼りになるわけでもないものにさえも心を驚かし頼ろうとするのはよくわかる。

 白頭掻いて 更に短かし
 渾べて簪に 勝えざらんと欲す

 失ったものを取り戻すことなく老いていくであろうという悲哀と諦念をもって終わりの句とする。じっさい、こののち杜甫は二度と都での生活に戻ることなく、家族とともに各地を転々とし続け、それでも何とか都に戻ろうとした旅の途中で客死することになる。この放浪の時代の、とりわけ三峡辺りを行きつ戻りつしていたころの詩は、安定した生活ばかりかすべてから転げ落ちていくかのような、壮烈なものだと思う。

 だが、日本人は多くを失っていく悲哀と諦念に耐えることができるのだろうか。程度の差は著しいであろうが、あまりに多くの人が傷ついた。リフトンの描く広島の経験と同じような苦しみを生きている人たちがたくさんいるのだろう。それほどではない人たちにとっても、母なる国土が汚染されているということは、自覚されるよりも深く心理的にもダメージを被ることではないだろうか。日本人は危機に強いともいうが、無数の傷はどうやって癒えていくのだろうか。

 ところで、災害後を描いた映画として台湾の呉乙峰監督の『生命』(2003年)というものがある。これは1999年の集集地震によって家や家族を失った被災者たちを数年間にわたってていねいに取材したフィルムである。ドキュメンタリー映画というものを私はよく知らないのだが、とてもいい映画だと感じた。

 だいぶ前に見たので、記憶が少しあいまいだが(関西では十三の第七藝術劇場で公開されて私はその時にみた。ビデオがあるらしい)、こんな夫婦が映し出されていた。地震がおきたとき、夫婦は日本に出稼ぎに行っていて無事だったのだが、山中にあった家は地震による土砂で全壊し、家に残されていた二人の息子(小学生と5歳くらいの男の子だったか)は亡くなってしまった。夫婦は耐えがたい日々をすごすが、少しずつ立ち直り、3年の月日が流れる。そしてある夜、二人の息子の母親はこんな夢をみる。上の息子が出てきて、「お母さん、安心してください、弟の面倒は僕がちゃんとみますから」と告げる。そんな夢をみた母親は長男のこの言葉を信じてようやく安心し、第二の新婚旅行と称して、夫とハワイに旅行にいくことにする。

 三年でここまで立ち直るとは、杜甫なんかよりずっとたくましいなと思う。他方で、両親を失って親戚のやっかいになりながら、親戚や周囲の人たちに怒りをまきちらす若い女性の姿もこの映画は映している。

 これから多くの日本人が千差万別の物理的・精神的な回復への長く苦しい道のりを少しずつ歩むことになるだろう。その時、それが、それぞれのかたちで、怒るべきものに怒り、悲しむべきことに悲しみ、そしていつかは反省すべきことを反省できるような、そんな力強く賢い歩みであれと願う。
by kohkawata | 2011-04-17 13:30 | 現代日本の文化 | Comments(0)

今回の災害で思ったこと

 今回の地震・津波による大災害のなか、関西に住む私は直接には何の被害もなかった。

 だが、つくづく人間とは無力なものだと感じた。多くの街が津波にのまれ多くの人が亡くなり、日本の国家的な意志と技術力によって建設された原発はあっけなく破壊され、日本中が汚染の危険にさらされた。私は、一連の事態の推移のなかで何もできなかったし、これからも直接的には何もできないだろう。

 人間は無力とは言い古されたことだ。だが、日常的には自分が無力であることを多少なりとも忘れている。状況の中で何かができる、成し遂げられる、少なくとも危機を回避できると思っている。だが、それは幻想であったことを、今回の災厄によって改めて思い知らされた。募金したいと思って募金するのはささやかな(もちろん相応に意義のある)抵抗であろう。

 なかでも福島の原発がメルトダウンする恐れがある、という報道をきいたとき、私はかなりの恐怖を感じだ。関西に住んでいる私たちに直接の被害はないとしても、メルトダウンが起きて、放射性物質が広範囲にばらまかれれば、多くの人たちが短期的・長期的にたいへんな被害にあうのではないか、ひいては日本の社会は決定的なダメージを受けるのではないか、などと心配した。専門家のなかには少数とはいえ、関西辺りも放射性物質による被害を受ける可能性があると警告する者もあった。

 政府や東電や原子力の専門家たちの発言を懸命にききながら(というのは、彼らだけが貴重な情報をもっているのだから彼らのいうことをきくしかない)、この人たちはどの程度信用できるのか、多くの人と同様に私も不安を感じた。彼らの多くは、口をそろえて「危険性は少ない」といったことを言う。しかしその言い方は、映像の映す無残さとギャップがあるばかりではなく、客観的でもない。「こういった危険性がこれくらいの確度である」というべきではないだろうか。あるいは、「直ちに健康に影響があるわけではない」などと言う。中長期的にはどうなのか、その場で必ず言及するべきではないか。彼らの発言は嘘ではなく大筋で妥当なものなのだろうが、全体として危険性を小さく表現しようとする傾向があるのは明らかである。それは市民の生命・健康ならびに主体的判断の権利を尊重するという規範に欠けている態度ではないか・・・などと私は疑念をもった(あるいは、基本的な規範が不十分だというだけではなく、彼らもまた事態をよい方向に考えたいという願望思考に流されているのかもしれない。そういう点でも、今回の原発事故はアジア太平洋戦争の顛末に似ている。あの時も軍部を含めた官僚・政治家たちは国民には詳細な情報を提供することなく、道理に反する希望的観測に流されて失敗を繰り返しながらも後戻りすることができず、最悪の事態へと日本と周辺諸国を導いていった、といえるだろう。もっとも、今回の災害にたいしては、現在の政府は全体的にかなりよくやってくれている、という印象をもっている)。

 慌てていろいろと調べた情報のなかで、日本の原発にかんして最も批判的かつ悲観的なのは、videonewsにおける広瀬隆氏の発言である(3月19日の収録)。番組を見ればわかるが、彼はこんなふうなことを警告している。

 福島の原発はまだ予断を許さない、メルトダウンの危険性はまだ十分ある。なんとか最悪の事態を免れたとしても、作業員や地元の人たちをはじめ、多くの人はすでにかなりの放射線に曝されており、今後深刻な健康被害がでてくるだろう。放射線量よりも放射性物質を体内に入れてしまうことが怖い。遠距離であっても放射性物質を体内化する可能性はある。そもそも近年太平洋プレートの周縁部で地震が活発化しており、日本中の原発が今回の福島のようになるリスクを抱えている。とりわけ六ヶ所村で大事故が起これば、日本だけでなく世界の破滅になってしまう。元来電気は十分に足りており、石油もあと200年はもつらしいのだから、危険極まる原発なんかまったく必要ない。なぜこんなものを国や電力会社は造ってきたのか、自分にはよくわからないが、おそらくこんな事情だろう。自民党の政治家たちは核兵器が欲しかった、原子力の専門家たちは自分の仕事を失いたくなかった、電力業界はかつての大ボスが原発推進派だった、日立・東芝・三菱重工やゼネコンにとっては大きな仕事になった、地元の人たちにとっては補助金など各種のお金が手に入り就職口にもなった、要するに金が理由なのではないだろうか・・・。

 広瀬隆の発言は批判的・悲観的であるが、政府や東電と異なり、始終一貫して完全に論理的でもあり、素人判断だが、この人はある程度信頼できる人だという印象をもった。東北では明治時代に38メートルの津波を経験しているのに、5メートルの津波しか想定していなかったとはとんでもない愚かさだ、「想定外」などというのは言い逃れにすぎない、というこの人の批判は完全に正しい、としかいいようがないように思う。

 もちろん、広瀬氏のような発言を全面的に信じ込むべきではないかもしれない。原子力の専門家のなかには彼の言説を批判しているものもいるようだし、videonewsであれ(もちろん、videonewsはユニークで質の高い報道・分析を続けていると思うけれども)、広瀬氏であれ、こういった人々は世に警鐘を鳴らすことを仕事としているのであり、その発言内容が政府よりの人々よりも悲観的で扇動的になるのは、彼らの立場性から説明できる部分もあるだろうとは思う。だが、原発問題にかんしていえば、原発の必要性のきちんとした説明はきいたことが私にはなく、原発なんてとんでもない、という意見の方がだいぶまともであるように思われる。

 いずれにせよ、私たちは今日もリスクのなかを生きている。敦賀の原発から私の住むところまでは、福島から東京までよりずっと近く、わずかに100キロ余りである。

 たしかに無力な私たちは、政府や官僚機構や電力会社や原発や自衛隊や流通機構といった諸々の社会機構のなかで、それらのおかげで生きている。とりわけ震災ののち数日で近所のスーパーの棚から米とミネラルウォーターがきれいになくなっているのを目撃したとき、私はそのことをリアルに感じた。私たちはこれらの機構のおかげで豊かで相対的に安全な生活ができるのである。

 だが、そうした機構が私たち市民の生命や健康を最優先にすることを中心的な原理としていうわけでは必ずしもないこともまた今回の災害は思い知らせてくれた。原発の事故が最悪の事態に進展することを食い止めつつあるのもこれらの社会機構(とそこに属する生身の人々)であるが、そもそも原発という危険極まりない物をつくったのもこの機構であり、原発を「エコでクリーンだ」などと信じがたい欺瞞的文句で宣伝していたのもこの機構である。社会機構にはそれぞれの社会機構の都合なり原理があって、それに即して冷徹に動いていくものなのだろう(私がインサイダーでもある研究・教育関係の種々の業界もまたそれぞれの集団の存続なり発展なりということが、研究自体や教育自体よりもプライオリティーが高いのがごく一般的な傾向である、と告白しておこう)。

 決して万能ではないが、しかし個人の意志によってはほとんどどうしようもない、そのような巨大な機構のなかで私たちは生きている。今後反原発の運動は多少は盛り上がるだろうが、全国の原発は老朽化するか大事故を起こすか、そのどちらかの日を迎えるまで、きっと止まらないだろう。保守やリベラルや愛国を語っても、人間の意志からたぶんに自立し客体化してしまったこの働きは変わらないだろう。原発にかんしては、個人のレベルでも多少の危機回避の準備と処置はできるしするべきであろうが、無事であれかしと祈るほかはない部分も多い。

 元来自然のなかで多少なりとも無力さを抱えて生きている人間という生き物は、社会機構によって支えられながらも、それゆえにこそさらなる無力さを強いられて生きていくのだろう。そういう諦念を私はもっている。諦念に沈んでばかりではいけない、とも思うけれども。
by kohkawata | 2011-03-22 11:34 | 現代日本の文化 | Comments(2)