去年、格別感銘を受けた本といえば、吉田秋生『海街diary』。 仕事帰りに立寄ったイオンモールで、漫画の原画の複製(変な言い方だが、そんな表現だった)が展示してあって、そのなかに『海街diary』の絵があった。写真撮影していいとあったので撮って、それをここに載せてみた(それはダメかな?)。この二人の子どもの元気一杯な様子はとてもよくて、お母さんの深くやさしい眼差しを感じた。よく知らなかったけど、吉田秋生ってこんなやさしい絵を書く人だったんだと意外であった。
そこで6巻まで刊行されている『海街diary』を読んでみた・・・これは本当に素晴らしい漫画だった。冒頭の第1話がすでに完璧なドラマだ。父の葬式の翌日、孤児同然になってしまった、まだ中学生のすずが会って日の浅い異母姉の幸に苦労をねぎらわれて号泣する場面、これは6巻全体のクライマックスでもあって、数十ページでここまでドラマを盛り上げていることに大いに驚かされた。そしてその後数頁で、もうすずは異母姉たちと暮らすことを決意してしまうのだが、こんなふうに瞬く間にゆるぎのない絆が生まれるドラマに感涙してしまった。幸姉の、強さと賢さをもった愛情、それは優柔不断なやさしさとはまったく別次元なんだと思い知らされる。 第2話以降は、鎌倉での静かな美しい物語。そこで繰り返されているのは、大切なものを突然取り返しのつかないかたちで喪う痛みと、そこからゆっくりと回復していく願望充足的な時間である。 父に母にも去られた姉妹、右足を失うサッカー少年、初めての彼女が去っていく予感に慄く中学生・・・いくつもの取り返しのつかない喪失に遭遇しながらも、美しい鎌倉の風景と祖父母の残した家のなかでそっと慰めあい助けあいながら生きていく人たちの姿を静かに描いている。 漫画を読んで分かったのだが、載せた「原画」は、海猫食堂ですずと風太があじフライ定食を食べているところであるに違いない。この食堂のおばちゃんは病気で店を閉じることになるのであって、ここでも取り返しのつかない喪失が描かれている。取り返しのつかないことばかりだけど、それでも、子どもたちにはうまいものをもりもりと食べてくれよと願う、素朴だけどゆるぎのない愛情がこの漫画を支えていると思う。 原作を読んだ後、映画版を観るべきか、ちょっと迷った。原作の素晴らしさを壊されたくなかったからである。しかし、実際に観てみると、是枝監督がこの原作をとても大切に思って撮ったことがよくわかって安心した。すずが号泣するあの場面を二つにわけたのは、役者の力量に応じた、理解できる工夫だ。鎌倉の四季を背景に美しい情景を存分に映し出しているのは、漫画にはできない映画のわざである。 それにしても、こんな境地に達するまで、吉田秋生という人はどんな修羅場をくぐってきたのだろう、と思う。ずいぶん前にこの作者の漫画は幾つか読んだはずで、もっと怖い作品であったように記憶するが、『海街diary』があまりにも素晴らしいので、今は再読しないでおこうと思う。
by kohkawata
| 2016-01-25 19:34
| 現代日本の文化
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