沈周


 少し前、初春に、台北の故宮博物院で沈周の特別展を観る機会があった。

 沈周は、「しんしゅう」とよむ。明の四大家の一人でありその代表。

 私は、とくに吉川幸次郎の社会学的でもある文章「沈石田」によって、この人の文化史的な重要性を知ってはいた(『吉川幸次郎全集』第15巻)。曰く、彼は、中国文明の中心になりつつあった揚子江下流地域の、その中心の一つである蘇州の北郊に位置する水郷の、富裕な郷紳の家に生まれ育ち、絵画はもちろん詩においても大家であり、書もその時代を代表する。また、尊敬される大教養人でありながら、官吏の道をまったく歩もうとせず生涯を純粋の市民として通したこと、それはこの時代に市民が文化の主たる担い手となったことの一つの現れであり、そのことに中国文明の爛熟がみられる、云々。

 かく重要な人でありながら、彼の絵画を直にみるのは私には今回がまったく初めてであった。

 展覧会では五十点ほどの彼の作品が並べられていたが、そのすべてに私は圧倒され、非常に興奮し幸せな時間をすごすことができた。彼の絵画の素晴らしさを言葉で表現することはとうていできないが、とにかくすべての絵画が創造的な愉悦に満ちていていた。複製でみると現代の私たちにはどうしてもその伝統的な様式の印象が強くなってしまうのだが、実物はそのような様式を超えて、創造的でユーモアさえもあふれる非常に楽しいものであった。

 とりわけ山水画はそうで、確かに、隠者が桃源郷を訪れるといったような、よくあるモチーフではあるのだが、沈周はそれを完全に自分の世界として再創造していると感じられる。もっといえば、彼の筆にかかれば、世界は喜びと楽しさに満ちたその本来の姿を回復するのだ、とさえ思う。とくに気に入ったのが、「畫雪景」という大きな絵(下図)。折り重なる雪の山々、その間をぬっていく渓谷の川、冷たい水を静かに湛える湖、橋を渡る小さな人影、遠くに霞む山影と曇った空、それらのすべてがうっとりとするほど美しく楽しく、そこにある。

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 こうした山水画はともすると作者の思想や境地などのある種の内面の表現なのだという解釈を下しがちで、今回の展覧会の会場での解説文などもそうした傾向が強かった。しかし、私が本物を目の当たりにして素人なりに感じたのは、内面の表現というよりは、喜びに満ちた我々の世界の形象の再創造ということなのである。膨大な教養を自らのものにしつつ、かつあらゆることを自己流に表現できるという点で、日本でいえば富岡鐵齋などにも似ていると思うが、しかし沈周には、鐵齋や日本の文人たちによくみられる偏屈な俗臭のようなもの ― あるいは貧乏臭い爺むささというか ― がまったくみられない。むしろ、沈周は開放的で向日的で豊饒であり、つまり、陳腐な言葉だが、まったくの天才だと感じられる。例えば、「雨意」という画があったのだが、深い山のなかにふりしきる雨を、墨の濃淡だけで表現しており、その表現力の豊かさに、そしてそこに現前する世界の豊かさに、圧倒される思いがした。

 今回の展覧会では、彼のスケッチの意義が比較的強調されていたが、これらの小品には彼の天才ぶりがよりわかりやくす示されているように思う。彼の手にかかえれば、山水だけではなく、馬も猫も海老も葡萄も、すべて隅々まで楽しく可愛らしい。そして、どこかに他所に桃源郷があるのでもなければ、どこにもないのでもなく、本来世界のすべてはそのように楽しく可愛らしく喜びに満ちたものなのだと思わせる。

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 吉川幸次郎は、沈周の詩を辿って、とくに彼が庶民への同情を示していることに、新しい時代の市民にふさわしいある種の近代的な情感の萌芽を見いだしているが、彼の絵画をみたうえで彼の詩を読むと、そうした解釈もまたずれているように感じられる。


 東園阿弟看落筆 東園の阿弟 落筆を看る

 神驚眼駭走魑魅 たましい驚き眼おどろきて魑魅を走らす

 堂中宛宛開徂徠 堂中に苑苑として徂徠を開くも

 不知老兄作遊戯 知らず 老兄遊戯をなすなり

 夜来明月奪江光 夜来 明月 江の光りを奪わば

 満巻飛蛟称怪事 満巻の飛ぶ蛟 怪事と称せん 


 これは、「市隠」あるいは「松巻為徳韞弟作」と題される、吉川も引用している、自らの絵を誇る彼の詩の一部分。彼にとって世界は恵まれた人とそうでない人がいる、などといった単純で退屈なものなのではなく、むしろこの世界は、たとえ狭い部屋のなかにあっても、山河が広がり魍魎がうごめき蛟竜が飛び交う、光と遊びと喜びに満ちあふれた怪しくも豊かな時空なのではないだろうか。

 故宮博物院に来るといつも思うのだが、私たち現代人は中国文明の最も豊かな遺産を引き継ぐことがほとんどできていないのかもしれないと思う。少なくとも私は、沈周という、その時代の狭い了簡も現代のそれすらも突き抜けていく、この東アジアの天才のことを、今までまったくわかっていなかった。


by kohkawata | 2014-04-11 16:21 | 近世中国の文化 | Comments(0)
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