最初で最後の『胭脂扣』

 もう先月になるが、心斎橋のシネマートで 關錦鵬(スタンリー・クワン)の『胭脂扣』(邦題『ルージュ』)をみた。

 この、25年も前になる(香港での公開は1988年)關錦鵬の代表作は、香港新浪潮の代表作でもあり、当時も今も高く評価され続けている作品なのだが、日本ではこれまで劇場での公開はなかったらしい。今回が初めてであり、最後の劇場公開になるのかもしれない。

 關錦鵬については、拙著『愛の映画』でも一章を設けてこの作品についても論じているが、今回新たに感じたこと、あるいは思いついたちょっとした仮説を書いておきたい。

 まず、DVDで観るよりも、スクリーンでみたほうが、光を上手に使っていることがよりよくわかった。主人公の如花の妓楼(1930年代の設定)には、ステンドグラスのような窓がたくさんあって、それが妓楼の狭隘な空間に光をもたらしているのだが、その華やかでいながら微妙に暗くもある光が印象的で、それは如花の、派手な化粧と衣装にもかかわらず表情がひどく暗いこととうまくあっているように思われた。

 そして、これらの妓楼のなかのシーン、つまり、冒頭の如花が口紅を塗るところから、もう一人の主人公である十二少と彼女が心中未遂をするにいたる、狭い室内で展開する諸シーンは、 關錦鵬にとって渾身の撮影であることが改めて強く感じられた。これまでの誰の映画にもなかったであろう種類の、中華文化の粋を集めた美意識を映画という表現形式のなかに情感豊かに再現したシーンであり、後で振り返ればどこかぎこちなくても、それは新しいものを創造する喜びに満ちているように感じられた。

 『胭脂扣』以降、『阮玲玉』(1992年)、『紅玫瑰白玫瑰』(1994年)などで、關錦鵬は同じように旗袍を身に纏う女性を中心とした室内劇を何度も撮るが、おそらくはこの『胭脂扣』におけるその創造的な愉悦は、観る者にとってもまれにしか体験できないものであると思う。

 この1930年代に設定された妓楼のシーンにくらべて、現代の香港のシーンはずっとラフに撮られている。現代を生きるカップルも、おかしなほど適当に撮られていて、圧倒的な存在感で迫ってくる、張國榮(レスリー・チャン)と梅艷芳(アニタ・ムイ)との落差が著しい。このことからも、關錦鵬という人が失われた時を再現することに固執していることがわかるのだが、この過去の美的再現というテーマを最初に、そして最も見事に展開したのが『胭脂扣』なのであって、当時の香港ではこの一作をもって「懐旧ブーム」が生じたとさえ伝えられる(それにしても、この懐旧的な映画を四半世紀も後に観ると、「現代」であるはずの映像も十分に懐旧的であり、何もかもが失われていくんだなと当たり前にことを感じさせられる)。

 よく知られているように、王家衛(ウォン・カーウァイ)もまた意匠をこらした狭い室内での耽美的なシーンを偏愛してきた。推測になるが、王家衛のそうした趣向は、この『胭脂扣』における妓楼のシーンに直接的な影響を受けているように思われる。それほど両者のあいだには類似性がみられるし、また王家衛が突然といってよいほどその映画的文体を確立するのは、『胭脂扣』公開の2年後の、『阿飛正傳』(邦題『欲望の翼』)においてなのである。王家衛のその前の作品は『旺角卡門』で、それは『胭脂扣』 と同じ年の公開で、時間的に影響を受けえなかっただろうし、少しも似ていない。そのように考えると、『胭脂扣』が創造の愉悦に満ちているのにたいして、『阿飛正傳』がどこかキッチュでパロディー的であるには自然なことかもしれない。両者は主演役者を共有してもいる。もっといえば、王家衛は映画作家として、關錦鵬の模倣者であり継承者である、という面をもっているのかもしれない。


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 最後に小さな文化史的推測を一つ。 上の写真は、『胭脂扣』からのもので、下の写真 は神戸のとある古い広東料理の店の窓。どちらの画像からもはっきりとはわからないかもしれないが、後者の店では、重厚な木造の狭い部屋にステンドグラスからの淡い光がもれていて、店員の女性はグレーを基調とした、見たことがないほどシックな旗袍を着ていた。以前から私はこの目立たない店の、ただならぬ文化的な佇まいに秘かに瞠目していたのだが、今回初めて『胭脂扣』の如花の妓楼に類似していることに気がついた。そういえば、たった今思い出したが、香港の飲茶の老舗陸羽茶室にも両者は似ている。ここにもステンドグラスがあって1933年創業というから、それは如花が李碧華の原作小説において亡くなったとされる年の翌年である。香港(あるいは広東辺り)の近代初頭の独特な建築と接客の文化の残光が海を隔てた日本の神戸にかろうじて残っている、ということなのだろうか。

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by kohkawata | 2013-05-19 01:56 | 香港の映画 | Comments(0)
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