残雪を読む



 「闇夜の桃源郷:残雪「痕三部作」を読む」という文章を書いて、ネット上の同人誌に掲載してもらった。

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 残雪は現代中国を代表するといってよいであろう作家。

 彼女の小説は、カフカを思わせ、しかしカフカ以上に奇怪で独自な世界を構築しているのだが、それでいて実は我々の世界の本質的な何かがそこに示されているのではないか、と思わせる。

 私の文章は彼女のそのような小説世界を、主に「痕三部作」なる三つの小説にそくして、分析的に解読している。

 内容は文章を読んでほしい。ここで付け加えるとするならば、私が読んだ範囲でいえば、残雪は現代中国語圏にあって突出して優れた作家であり、莫言などよりもはるかに独創的だし、私の好きな台湾の李昴と比べてもさらにラディカルだと思う、ということである。ただ、残雪は、多くの人が文学に期待するようなセンチメンタリズムと徹底的に縁を切っており、その意味で文学的というよりも、むしろ哲学的であり、端的に病的だと言う人もいるだろう。ジャンルは違うが、資質的には、同じ世代の詩人北島に連なる人かもしれない。

 もう一つ付け加えたいのは、中国本土における暴力の記憶の生々しさである。残雪も北島も、子ども時代に文革に遭遇しており、餓死や事故死、さらには殺人さえも含むのかもしれない彼らの残酷な経験は、彼らのその後の文学的創造を貫く決定的な傷痕になっていると私には思える。文革だけではない。残雪の母方の祖父は日中戦争の時に「日本人に追われて池に跳びこみ、溺れ死んだ」(近藤直子監訳「泡沫」)という。彼らのように、そのような過酷極まる経験を文学に昇華した希有な文学者たちだけではなく、現代の中国本土の一般の人々の心性を考える時にも、日本人も深く広く関与してしまった中国本土における長く残酷な暴力の経験の堆積、それを無視しては今日の中国本土にかんする何ものも見えてこないのではないかと思う。対照的に、同じ中国語圏であっても台湾と香港ではそのような暴力の経験がだいぶ薄く、それがこれらの地域の人たちと中国本土の人たちの心性とを大きく隔てていると思う。むろんこのようなおおざっぱな理解は単純なトラウマ史観になってしまうのだが、残雪や北島を読むと、そうしたことが改めて強く感じられる。

 なお、この文章を掲載したのは『月の共和国』という同人誌。数人で始めたこの雑誌は、終わりそうで終わらず、細々と続けて号を重ね、もう10年以上経った。私は毎回寄稿していて、最近はだいたい中国語圏の特定の作家を取り上げて論じてきた。侯孝賢、關錦鵬、北島などである。今回の号の特集テーマは「現実庭園」というもので、「闇夜の桃源郷」というタイトルと文章の内容はこのテーマにわりと忠実にそくしている。

 この雑誌は次号も予定されていて、そちらは「散歩成金」という特集。説明なしのたった4文字ずつでこれらの特集の狙いとユーモアを察することができる人ならば、際立ってユニークなものばかりだが、この雑誌の他の詩文も楽しめるかもしれない。

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by kohkawata | 2012-11-24 20:00 | 現代中国の映画 | Comments(0)
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