長崎・四海楼の物語


 重い泥のようなものが腹の中に沈んでいくような、そんな辛さを感じることの多かった旧年であったが、それでも今年は何かいいことはないかな、などと暢気な期待も抱いて、かねてゆっくりと見物したかった長崎をこの年初に訪れて、コロニアル様式の軽快な青を基調とするグラバー邸や大胆な桃色を楼門に配したユーモラスな崇福寺、あるいは高校生気分満載のトルコライスなども楽しんだけれど、とくによかったのは四海楼という店に出会ったことだった。

 神さびた大浦天主堂を振り仰ぐ坂道を下った海の手前にこの中華料理屋は巨艦の如きりっぱな店を構えているのだが、この店を発祥とするという、そのちゃんぽんは、名物にうまいものなしという日本人の生活知の裏をかく、これ以上おいしいちゃんぽんは想像できないというくらい、おいしいものだった。

 『ちゃんぽんと長崎華僑』(長崎新聞社、2009年)という本は、この老舗の四代目陳優継氏が書いた、四海楼と長崎の華僑文化についての本で、長崎の本屋で早速見つけて読んだのだが、これまた素晴らしいもので、「蝙蝠傘一本」で福建の田舎から単身長崎に渡って来た曾祖父平順の活躍から語り起こして、長崎医学専門学校に赴任していた斎藤茂吉がその「おもかげ」を慕うことになった美貌の長女玉姫や、豪儀な遊びがすぎて一時は勘当された長男、さらにその長男を立てながら四海楼を引き継ぎ発展させた次男、あるいは平順の忠実な弟子にして一族の語り部となった日本人など、四海楼の人々の姿が魅力的に描かれている。アジア太平洋戦争のなかで強制廃業となり建物も解体されたうえに一族の多くが被爆するという、たいへんな苦難もあるが、戦後に再び店を開き発展していき、来崎した浩宮殿下にちゃんぽんと皿うどんを食べてもらうという栄誉さえもえるに至る。

 こうして、かなりのストーリー・テラーである作者によって、平順にはじまる一族が長崎の地に「落地生根」していくさまがパノラマ的に描き出されていくのだが、私はこの物語は映画の題材としてかなりいいものではないかと感じた。海を渡った精力的な創始者の冒険と成功、偉大な家長と放蕩息子との葛藤と和解、精神科医にして歌人であった男と快活で社交的な少女との恋と別れ、性格の異なる兄弟の団結、裏で一族を支え続けた女たち、戦争と原爆の惨禍からの復活、皇族の来訪、そういった、少しキッチュになりかねないかもしれないが、素晴らしくドラマティックな物語は、長崎という、香港によく似た、山に囲まれながら青い海と青い空に向かって開かれた、コロニアルでもあった都市空間を舞台にして、映画的に映えるのではないだろうかと空想したりした。そういえば、この四海楼一族の物語は、家長とその弟たちを描いた『悲情城市』を思い起こさせもする。侯孝賢は期待しすぎにせよ、もし『カーネション』(NHKの、ため息がでるほど久々の、よくできたドラマではないだろうか)レベルのドラマ作りができるのならば、尺的にはテレビドラマの方がいいかもしれない。

 ちなみに、この本は、長崎新聞社がだしている、「千里眼、順風耳」をキャッチフレーズにする新書の一つ。私は少しも知らなかったが、長崎には本の文化が高い水準で存在してきたようで、『楽』という地方雑誌もなかなか見応え・読み応えのあるもので(最新号は、「長崎に、中国あり」という特集だった)、四海楼のすぐ近く、天主堂を仰ぐあの坂道の途中には、絵本美術館を併設する童話館という児童書の専門書店があって、すばらしい空間構成のなかで非常にすばらしい選書をしていると見受けられた。その一角には、自社が出版している本のコーナーもあり、そういえば以前に見かけたことのある絵本も何冊かあった。たまたま手に取ったなかで、『三びきのごきげんなライオン』(ルイーズ・ファテオ、ロジャー・デュポアザン作、はるみこうへい訳、童話館出版、2005年)は子をもつ父親のための童話なのだが、とりわけ心惹かれた。

 とてつもない受難の歴史がありながら、それでもすぐれた独特の文化を、顔の見える一人一人の力によって育んできた長崎という時空は、傷つきながらずるずると沈みつつあるよるようにもみえるこの列島において、もしも希望がありえるのならばどんなふうにありえるのか、その一つの可能性を示しているのではないか、と想像してみたりして、年初からたしかにいいことがあったように感じて、長崎を後にしたのだった。
by kohkawata | 2012-01-24 19:25 | 近代日本の文化 | Comments(0)
<< 初春の台湾、深夜の書店 追悼 >>